キャロル・シェルビーさんのことなど。
OHVは,DOHCに対して優位性を持っている。
なかなか,信じられない話かな,とは思います。しかしながら,エンジンそのものも「物理」に支配されるということを念頭に置いて考え直してみると,どうでしょう。
そんなアイディアを実際に形にしたひとが,5月11日に逝去されたキャロル・シェルビーさんです。今回はフットボールを離れまして,シェルビーさんのことを徒然に書いていこう,と思います。
シェルビーさんは,もともとレーシング・ドライヴァとして活躍されていました。が,そのキャリアは決して長くはありませんでした。心臓病が影響したのです。しかしながら,レーシングな世界から距離を置いたのではなくて,今度は自分が手掛けたクルマでレーシングな世界に,と考えるのです。
シェルビー・コブラ(ACコブラ)であります。このコブラがアメリカンV8を搭載していた理由が,恐らくは重量面であり重心位置の低さだったのではないか,と個人的には考えています。当然,当時関係のあったフォード・モーターが持っているエンジン,という制約があったはずですが,反面でシェルビーさんは冷静に,OHVが持っているメリットを計算していたのではないか,と思うわけです。
補機がまったく装着されていないアメリカンV8は,意外なほどコンパクトに仕立てられています。そして,Vバンクが小さく感じます。それは,当初搭載されていたスモールブロックに限定される話ではなくて,のちに搭載されるミディアム・ブロック,“サイドオイラー”と呼ばれる427キュービック・インチ(7000ccに相当しますが,実際には7000ccを下回っていたとか。)のレーシング・エンジンであったり,“ポリス・インターセプター”と呼ばれる428キュービック・インチのエンジン(427とほぼ同じ排気量ですが,実用性から見るとこちらに優位性がある,とのことです。)にも当てはまる話です。
この小さく感じるVバンクが,重心位置につながる話なのです。
DOHCは,シリンダーヘッドに複雑な動弁系を収めています。そして,カムシャフトを駆動するためのギアも収めておく必要があります。現代はかなり小さくシリンダーヘッドを設計する方向性ですが,1960年代で,現代的な詰めた設計が可能だったかと言えば,なかなか難しかったはずです。対してOHVは,複雑な動弁系をシリンダーヘッドに収める必要がありません。ロッカーカバーもかなりスリムですし,シリンダーヘッドも小さく仕立てることができます。もともと重量物であるエンジンですが,そのエンジンの重心位置が高いのか,それとも低いのかは,クルマの物理特性を決定付ける要素です。恐らく,シェルビーさんはコブラというアイディアを思い浮かべた段階から,GTレースへの参戦を意図していたものと思います。実際には,排気量が289キュービック・インチ(4735ccに相当します。)のホモロゲーション・モデルでGTレースへの参戦を開始するのですが,アメリカンV8がいわゆる,「重くて鈍い」エンジンならば,サルテでのクラス優勝であったり,GT選手権の奪取は不可能だったでしょう。
のちにシェルビーさんは,ダッジ・ヴァイパーの開発にアドバイスをしていた,とのことです。
確かに,大排気量FR,しかもプッシュロッドを搭載している,という共通項を持ってはいるのですが,個人的には,レーシング・フィールドでの活躍という部分により強く,コブラとの共通性を感じます。クローズド・ボディのGTS−Rは,オレカのレース・オペレーションのもとル・マン24時間を戦い,クラス優勝を飾っています。
こう見てくると,とかく欧州のメーカが存在感を示しているレーシングな世界で,アメリカン・プッシュロッドが持っている,本当の実力を示そうとし,実際に示してきたのがシェルビーさんかも知れない,と思ったりするのです。