リファレンスだった956。

典型的な,80年代のスポーツ・プロトタイプです。


 そして,手堅い設計をしているようにも感じられました。たとえば搭載されていたエンジンにしても,部分水冷には踏み切ってはいるものの,ポルシェの代名詞である強制空冷という枠組みから大きく外れているものではありません。さらに,ターボにしても(現代的な意味での制御,つまりは電子制御であったりツインスクロールの採用ではない,というのは当然として)RSRや934で培われた制御技術が投入されていて,ある意味,「すでに熟成されている技術」を組み合わせている,とも言えるのです。


 この要素技術の組み合わせ方に,恐らくはポルシェの本質が隠れているのだろう,と思っています。今回もフットボールを離れますが,今度はモータースポーツ方面の話を書いていこう,と思います。


 「レーシングオン」誌が大きく特集を組んでいる,80年代を代表するスポーツ・プロトタイプが,ポルシェ956です。ひとそれぞれにレーシング・ポルシェで思い浮かぶコードネームがおありかな,と思いますが,個人的に思い浮かぶコードネームはやはり956であり,後継マシンである962Cであります。


 80年代から,90年代にかけて。


 恐らく,スポーツ・プロトタイプの設計思想が大きく変化していった時期ではないかな,と思います。最も大きな要素で考えるならば,モノコックをどのような素材で仕立てるか,でしょう。グループCがスプリント的な要素を強めてからのプロトタイプである,プジョージャガーはフォーミュラとの共通性を感じさせるカーボン・モノコックを採用しています。対して956や962Cはアルミ・モノコックを採用しています。とは言え,実際のモノコックを眺めてみると,スペースフレーム時代との共通性をどこかに感じさせる構成であるのも確かです。耐久レースを前提に考えれば,「すでに分かっている要素技術」を大きくジャンプするような要素技術へと踏み出すのではなくて,ちょっと前,たとえば半歩先くらいの要素技術へと動いていくべき。そんな,ポルシェの姿勢がモノコックの設計には見えているように思うのです。


 もうひとつ,80年代的だな,と思うのはやはり,ボディシェルです。


 同じターボ・エンジンを搭載するスポーツ・プロトタイプでも,たとえばR92CPは比較的明確にフロント・フェンダーであったりリア・フェンダーを見て取ることができます。フラットボトムであることを求めた技術規則の影響が当然に大きいのですが,センター・セクションを低く構えさせる形へと動き出しているのです。この空力処理の流れは,NAエンジンを搭載しているジャガーなどではより明確なものになっていますし,現代のLMP1であるアウディ,あるいはトヨタなどにも受け継がれています。


 では,956はどうだったか,と見ると。


 いわゆる,逆翼断面を意識してボディ上面を考えていたのだろう,と感じます。このことを裏返して考えるならば,重要性を持っていたのはボディ下面だった,ということだろう,と思うわけです。タミヤでかつてリリースされていた,956のフルスケール・モデルであったり962Cのスケール・モデルを記憶されているひともおられるか,と思いますが,ボトム・セクションはいわゆる,グラウンドエフェクトを徹底的に意識した設計となっています。ボディ下面を流れる空気,その流速を高めることでマシンを下へと押しつけるチカラを強めようとする。この発想を前提に,ボディ上面の処理が決まっていったのだろう,と思いますし,であるならばボディ上面で空力的な効果を,というよりも,可能な限りスムーズに空気を流す,という意識で設計されたのだろう,と考えるわけです。結果として,956はどこか,グループ6規定時代のプロトタイプである,936との血統を感じさせるようなボディシェル(特に,ル・マンのように低抵抗であることが求められるときに使われた,ロングテール仕様)になったのかな,と見ているのです。


 現代的な視点で956を見てしまえば,オールドタイマーなのは当然です。


 ですが,このオールドタイマーが現代のLMPマシンに与えた影響は決して小さくない,とも思うのです。956という目標にどのようにして近付き,そして乗り越えていくか,という意識を通じてスポーツ・プロトタイプに関する要素技術が進化していったような印象を持ちます。そしてまた,スポーツ・プロトタイプはスプリントではなく,耐久レースという軸足に戻ってきています。956が設計されたときの基本的な発想は,現代にあっても意味を持つのではないか。技術的な意味では古典に属するとしても,設計思想という部分では,現代にも通用する部分をしっかりと持っている。だからこそ,いま見ても決して単純に古い,というだけではない何かを感じるのかな,と思うのです。