5ヶ月遅れの基礎工事。

やっと,個性を押し出す気になったか,という印象ですね。


 と言いますか,敬意を払い過ぎであっただろう,と思いますよ。


 そもそも就任当初の会見において,踏襲が不可能であるというニュアンスのコメントを残しているのですから,緩やかに個性を押し出すアプローチを採用したとしてもおかしくはなかったと思うのです。


 ・・・結果がファースト・プライオリティ,という前提があるから思うことで,個人的な心情は別なところにありますけどね。ちょっとフル代表の話,であります。江藤さんのレポート記事(J's GOAL)をもとにしていこう,と思います。


 さて,踏襲するのが不可能,というのは前任指揮官のスタイルのことです。


 「オシムさんのサッカーはできない」というようなコメントだったかと記憶しますが,当然ではないか,と思うのです。


 “エッセンス”という部分で踏襲することは十分に可能でしょう。ですが,指揮官の意図に隠された「理想」であったり「哲学」に共通する要素を見出せれば,の話です。
 前任指揮官も,リアリストの側面を当然持っているのですが,同時に相当高い理想を掲げているのだろうことも想像できるフットボール・スタイルを採っていました。 対して,岡田さんは(かつて率いたクラブを思えば)リアリストの顔が強いように思います。それだけに,チーム・ビルディングの基礎として戦術的な約束事,特に守備面での約束事を徹底していくのは当然のステップのように感じられます。むしろ,いままで守備面の約束事に踏み込まなかったのは,どういう理由なのだろうか,と思いもします。


 好意的に解釈するならば,それまで構築されてきたメソッドが選手に浸透している,ということを最大限尊重した結果,かも知れません。イビツァさんが落とし込んでいたエッセンスを,自らの戦術的なイメージに取り込もうという意図もあったかも知れません。知れませんが,結果的にはスムーズな移植はできなかったように受け取れます。
 戦術の背後にある「哲学」の部分で(部分的であるにせよ,全面的にであるにせよ)違っているとすれば,解釈の結果が違ってきてしまうし,実際に表現される戦術的な部分でも相違が生まれるのは道理,です。100%の再現性がそもそもあるわけではないのに,基礎的な発想という部分でちょっと違いがあるようにも感じられる。となれば,エッセンスが空回りしてしまうかも知れない。


 ならば,全面的に個性を押し出すという方向性に移行する。


 また,“アジア”を見据えるならば,リアリスティックな方向性へと重心を傾けたとしてもそう不思議な話ではありません。イビツァさんが見据えたのは,フットボール・ネイションズでありましょうが,その段階に行き着くためには,アジアで展開されるリアリスティックなフットボールを打ち破る必要があります(このためのメソッドを見られなかったのは,ホントに残念ですけどね。)。


 リアルに対抗するためには,まずリアルを徹底する。


 そういう文脈で今回の合宿を見るのであれば,ACL参戦クラブからの選出がないとしても,「岡田メソッドを理解する選手,その基盤を可能な限り広げておく」という意味において,有意義なものだったのかも知れない,と感じます。


 だからと言って,「時期に遅れている」という印象が否めないのも確かですし,JFAサイドの言う「継続性」が見事に断絶している,という印象が深まったのも確かですね。