ギアチェンジとセオリー外し。

技術的進化,という部分が最も影響した領域かと。


 フォーミュラ1を意識すれば,トランスミッションは限りなくATに近づいています。鋭いスタート・ダッシュを決めるために必要な技術は,過去のモノになっています。また,レーシング・バイクでもスーパー・シフターが装備されているマシンが圧倒的です。アクセルを戻すことなく,そしてクラッチを操作することなくシフトチェンジが可能になるわけですね。


 しかし,かつてはドライヴァでありライダーの技量がハッキリと出てしまうポイントでもありました。


 あらゆる要素をスムーズにつなぎ合わせることができなければ,鋭いスタート・ダッシュを見せ付けることはできないし,ターンを素速くクリアすることもできない。もちろん,ヘアピンやシケインなど,相当な低速域への急減速から加速態勢を再び整える局面で,マシンをスムーズに加速させることもできません。恐らく,メリハリという言葉から最も遠い操作をつなぎ合わせていくことで,結果的にメリハリの強烈な走りを表現する,という感じになるかと思います。


 コレ,ゲーム・マネージメントにおいても重要な要素かな?と思うのです。ということで,ペルー戦の話,その続きであります。


 レーシング・マシンというモノが,チームだとして。


 ピッチに立っているひとりひとりの選手は,各要素部分だと見ることができるはずです。その要素が,スムーズにつなぎ合わせられているチームを見るときに,“エレガント”であると感じたり,機能に裏打ちされた美しさを感じるのかな?と思うのです。


 で,ペルー戦での日本代表です。


 ひとりひとりの選手が持っている,戦術的なイメージは一定の方向性へと束ねられつつあるな,と感じはします。ただ,その戦術的なイメージに縛られすぎている,と言いますか,あまりに正直にそのフットボール・スタイルを貫徹しようとしているような印象も同時に受けるのです。ボールを積極的に動かすことと同時に,ひとも積極的に動いていく。ダイナミズムによって相手守備ブロックを揺さぶり,チャンスを演出するというのが指向するフットボール・スタイル,その重要な要素だろうと思います。
 ただ,このスタイルは何のために意識されたか,と言えば,「ゴールを陥れ,得点を奪取する」という部分に求められるはずです。得点を奪うための解法を方向付けるアプローチと見るべきでしょう。ならば,このアプローチが抑え込まれつつあるときに,ほかの解法を用いながら結論を導き出そうとするのは,決しておかしいことではありません。


 イビツァさんはときに,「意外性」という言葉を持ち出すように思います。


 指向するフットボール・スタイルを90分プラス,どんな相手に対峙しようとも押し出せるようになれば,最も理想的な展開ではあります。しかし,常に押し出すというのはかなり高いハードルを越えなければならない,とも同時に感じます。そのときに,最も効果的に“ひととボールを積極的に動かす”ために,相手を存分に揺さぶっておく必要があるのでは?と思うのです。


 縦方向への圧力と,パス・スピードがリンクしないようならば,ロングレンジ・パスなどパスの性質を変化させながら,相手守備ブロックに対して縦方向のプレッシャーをかけていく。そして,相手を混乱に陥れてから本来持っているフットボール・スタイルへとシームレスに加速していく。


 アウトサイダーとしての想像ですが,恐らくこの手の約束破りはイビツァさんは歓迎するはずです。


 “インテリジェンス”という言葉もよく使うように思いますが,本来表現すべきフットボール・スタイルを存分に表現するために,「意図的に」違った攻撃を仕掛けていく,というアプローチを全面的に否定することはないように思うのです。ゲーム後の記者会見で,いつものように“witty remarks”を繰り出すことで真意を巧みに隠している指揮官でありますが,そのシニカルな言動の裏には「もっと考えてプレーしなさい。局面によっては,積極的にセオリーを崩してでも相手を崩すことを意識していけ。そして,自分たちのリズムに相手を巻き込みながら,最終的に狙うスタイルを打ち出せ。そのタイミングがまだ遅い」というメッセージがあるような,そんな感じがします。


 ちょっと古めのレーシング・マシンならば,クラッチ・ミートのためにアクセルを離し,クラッチを深く踏み込みながらギアを変える。そして再びクラッチをエンゲージさせ,トラクションをかけるという一連の動作がまだギクシャクしていて,無駄に時間をかけているようなモノ,に映っているのでしょう。さらに言えば。積極的に仕掛けなければいけない局面でも,セオリー通りのギアチェンジを繰り返している。もっとリスクを背負って,クラッチを浅く踏み込む程度でギアを叩き込んだっていい。そんな印象もある。


 もっとできるはず。そんな前提で指揮官は常に高い目標を掲げている。そんな感じがします。