失いかけているもの。

エンターテインメントとしてのフットボール「だけ」を考えるのならば,いまのビッグクラブのあり方も間違っていないかのように感じられます。


 けれど,「何か大事なもの」を置き忘れているのではないか。まだ,置き忘れている程度ならばいいのかも知れない。ともすれば,失いかけているのではないか。


 フーリガンという存在によって,一時は大きな打撃を受けたイングリッシュ・フットボールを再生させるために創設されたのがプレミアシップであり,リーグは大きな成功を収め続けています。カーリング(ビール・メーカ)との長いパートナーシップによってイメージを引き上げ,現在のスポンサーであるバークレイ銀行とは巨額の長期契約を締結するなど,プレステージが下がっているとは思えません。


 ですが,高いブランド力も観客減 プレミアリーグ曲がり角?(共同通信) - goo ニュースという記事を読む限り,将来の成功までもが約束されているとは限らない。むしろ,リーグ戦に熱狂を取り戻すために何ができるのか,ということを本気で考えなければならない時期に差し掛かっているのではないか,と感じます。


 私がロンドンにいた頃だったでしょうか,すでに競技場の雰囲気がかつての熱狂を持っていないことを指摘するひとがいました。


 まだ競技場が“All Seated”(全席指定)ではなく,ゴール裏には木製の手すりが設えられただけのテラスがあった時代。チケット料金もそれほど高くはなく,多くのサポータが自分の立ち位置をうまくやり繰りしながら,詰め合ってキックオフを待つ。その頃にスタジアムが帯びていた熱と,どこかが違う,というニュアンスのエッセイを書いておられたわけです。


 以前も書いたかと思いますが,私がロンドンにいた頃は(そしていまも)チケット・インフォメーションを見ても“SOLD OUT”以外のフレーズを見ることができるのはホントに少なく,運良くチケットを獲得できたとしてもリーグ戦ではなくて,リーグ・カップのチケットだったりするわけです。それだけ,クラブ・メンバーが多かったり,シーズンチケット・ホルダーが多いということなのだと思いました。自分たちのクラブを支え続けてくれているひとたちを大事にしている,ということだと。ですから,そのときはこの方の話はどことなくノスタルジックな話のように思えましたし,ある種の「取り越し苦労」なのではないか,と感じもしました。


 しかし,現実は静かに,でも着実にこのひとのエッセイの方向へと流れていく。


 オールド・トラフォードの雰囲気に苦言を呈したロイ・キーンは,すでに気付いていたのだと思います。本当にクラブをサポートしようという意識を持ったひとたちがスタジアムから離れざるを得なくなっている一方で,“エンターテインメント”を堪能しようという意識でも持っているような人間ばかりが足を運ぶようになってきつつあることを。


 それでも,ビッグクラブならば大きなダメージを受けずに済むのかも知れません。ピッチで展開されているフットボールは,確かに極上のエンターテインメントだし,そのエンターテインメントを実際に競技場で感じたい,と思うひとは少なくないのだから。ですが,クラブ財政に大きな負担をかけることのできない中堅クラブ,あるいは弱小クラブまでもが影響を受けているのだとすれば,事は深刻さを増しているように思います。


 イングランドに限定される話ではありませんが,欧州各国のトップ・ディビジョン,そのリーグ戦が実質的に「欧州カップ戦(チャンピオンズ・リーグ)」出場権獲得に向けた「予選」のような位置付けとなり,その予選での勝負権を持っているクラブは本当に限られてしまっています。フィナンシャルな部分で無理をする,できるクラブが戦力面で優位性を持ち,その優位性を活かして欧州カップ戦を主戦場とする。逆に,欧州カップ戦という舞台を失えば,フィナンシャルな部分で無理をしているネガティブが噴出することにもなりかねない。勝負権を持っているクラブであっても,ギリギリの綱渡りなのですが,中位以降のクラブにとってはトップ・ディビジョンを戦っている意味を見出すのが難しくなっているのではないか,と懸念する部分があります。同じトップ・ディビジョンでリーグ戦を戦っているはずなのに,むしろ下部リーグで真剣勝負を挑み続け,昇格という目標に向かっているときの方が強い一体感を感じられるような状況,というのが果たして健全なのか,と。


 クラブを支え続けてきた,そしてこれからも支え続けていくサポータや,フットボール・フリークが,クラブが自分のそばにある幸せを十分に感じることのできない状態,熱狂よりもエンターテインメント性だけが際立ってしまうスタジアム,そしてリーグ戦というのは,何か大事なものを失いかけているように思えてならないのです。


 スタジアムの熱狂は,戦っているゲームのプレステージによって決まるわけではないはずです。もっとシンプルに,「目の前の相手にはどうしても負けられない」という矜持がもたらすはずです。そんな自然な姿を見たい,と思うわけです。