観客収容数への一考察。

「浦和」だけを見つめていると,ともすれば見落としがちな話でありますが。


 クラブ・マネージメントを最低限安定させ,収支バランスにおける入場料収入割合を一定のパーセンテージに維持するために意味がある,と思っていたJリーグ規約も,ちょっと考えてみると「陥穽」が存在するな,と感じます。


 Jリーグ規約(Jリーグオフィシャル・PDFドキュメント)を読んでみると,第29条3項にこんな記述があります。

競技場の観客席は、下記のとおりとする。ただし、芝生席は,観客席とはみなされない。
  (1)J1クラブ主管公式試合:15,000人以上収容できること
  (2)J2クラブ主管公式試合:10,000人以上収容できること


 そして,J1基準が将来的に20,000人へと引き上げられる方向性であることが,ジェフ千葉のホーム・スタジアムとして利用されてきた市原臨海の改修計画に伴ってハッキリしました。こちらの記事(MSN-Mainichi)を読みますと,座席数増加を狙った改修計画を市原市サイドは計画していたようですが,Jリーグサイドからは基準引き上げを内示する形で現行の改修計画だけでは将来的に基準を充足できない(公式戦開催は不可能になる)ということを連絡してきたとか。


 このことを表面的に見れば,Jリーグの観客動員数が一時期の減少傾向から反転し,上昇基調に転換したのかな?と思ったりもします。ですが,クラブ・マネージメントの観点から見て,果たしてJ1基準,あるいはJ2基準が無条件に良いものなのか,ということを考えはじめると,立ち止まってみたくなるのです。


 そして,このクラブ・マネージメント,純然たるエコノミクスでは説明できない要素にこそ,クラブの存立基盤が大きくなれるかどうかがかかっているような気がするのです。というわけで,今回はひさびさにクラブ論を展開しながら,ちょっと難しめのことを書いていきます。


 チケッティングの都合としては,仕方のないことかも知れません。


 ですが,主要ボックス・オフィスのチケッティング・スタイルを見る限りにおいて,競技場の実際を知らないひとならば半ば条件反射的に,スタジアムは真ん中からホーム,アウェイと2分割されるかのような感覚に陥っているのではないか,と感じます。これは恐らく,中野田や七北田公園であっても変わることはないでしょう。


 ただ,この2つの競技場,実際には分割線はハーフウェイ・ラインの延長線上にはありません。


 中野田の場合,南側スタンドの1/3程度だけがアウェイ・サポータへと振り向けられています。当然,指定席エリアでもアウェイ・サポータを見かけることはありますが,絶対数として多いわけではありません。数少ない「欧州的な」風景を持っていると思います。“アウェイ・エンクロージュア”,という発想を取り入れているからです。このことを裏返せば,それだけ浦和,そして仙台というクラブを追いかけているひとたちが実際に競技場へと足を運んでくれている,ということを示していると思いますし,クラブ・スタッフがシッカリと理想を描きながらマネージメントをしている,ということを意味しているような感じがするのです。


 これ以外にも,ホーム・サポータが多く足を運ぶ競技場が存在します。新潟も成功例だと感じますし,川崎にしてもホームタウンを徹底して意識したチケッティングを導入することで(特に浦和相手だと,「企業防衛」と言いたくなるほどに徹底しているようにも感じますね。),等々力の雰囲気を欧州的な空気へと変えていきつつあるように思います。


 もうひとつ。ちょっと個人的な例を挙げますと。


 いまですと,例えば浦和を追いかけている私がアウェイ・マッチへと出掛けることにそれほどの手間は掛かりません。チケットはボックス・オフィスのオンラインが使えるし(もちろん,ソールド・アウトのリスクは常にありますけど),出掛けるための足も確保しやすい。


 ですが,イングランドでは,アウェイ・マッチへと足を運ぼうとするとかなり高い壁が立ちはだかります。そもそも,アウェイ・サポータに振り向けられた座席数が圧倒的に少ないのです。恐らく,ワンブロック割り当てられていれば儲けモノ,でしょう。当然,一般販売はないですから,クラブへと申し込まなければなりません。そして,各クラブはメンバーシップ制度を利用しているから,クラブ・メンバーではないひとがアウェイ・マッチに出掛けることはほぼ不可能,ということになるのです。ネイションワイドな人気を持つクラブが相手であっても,例外が存在することはないはずです。このことを反対側から見れば,それだけ各クラブは,ホーム・ゲームの雰囲気を大事に思い,ホーム・ゲームへと足を運んでくれるクラブ・メンバー(フットボール・フリークであったり,クラブ・サポータであったり)を大事にしようとしているのだと思います。


 単純に営業成績だけを考えれば,状況に応じてシート・アロケーションを変化させて多くのアウェイ・サポータを競技場へ,という判断があってもいいように思えるのですが,問題はそう単純ではありません。


 もちろん,財務上のリザルトを良くしていくことは,営利社団法人としては当然のタスクだし,フットボール・クラブだって例外ではありません。ですが,“ホーム”を作り上げていくことの方が,圧倒的に重要なのだとも思うのです。となれば,純然たるマーケティングだけではダメで,「クラブのことを我がことのように考えてくれるひとをひとりでも多く競技場へと導くために,何ができるのか」というアイディアを基盤としてマーケティングを展開しないと,ホーム・ゲームらしさをつくり出すことができないことになるのではないでしょうか。イングランドの実例が示しているのは,フットボール・クラブとして当然持っていなければならないスタンス,というか覚悟ではないか,という感じがします。


 そんな実質を考えると,改訂されるJ1基準は,当然,改修の当事者になる地方自治体にとってもですが,それ以上にフットボール・クラブにとって相当な「高いハードル」になる可能性もあるな,と思うのです。


 決して,競技場は真ん中から2分割できるものではないし,アウェイ・サポータに向けたエリアが伸縮自在になっていたりするものではないはずです。何より,アウェイ・エンクロージュアを設定しなければならない状況を作り出すことこそが,クラブのマーケティング・セクションが持っているべき目標だろうと思うのです。


 こう考えてきたときに,15,000人だとか20,000人というキャパシティに意味があるのか,というと疑問が残ります。どれだけのひとが,クラブを我がことのように思いながら本拠地である競技場へと足を運んでくれるのか。そして,そういうひとたちをどう増やしていくのか。


 浦和,というバイアスを外して,ひとりのフットボール・フリークが客観的にJリーグ規約を俯瞰すれば,単純な数字よりも「拡張性の高い西が丘」こそが,本当に日本のフットボール・クラブにとって必要なハコなのではないか,と感じます。重要なのは,スタジアムの固定されたキャパシティではなく,高い拡張性を持ったスタジアムとともにホームを成長させようとする,クラブの姿勢そのものではないか,と思うのです。そして,ホームの育て方は規約には馴染まない,ワンオフのものだということもまた,確かであるような気がします。