グロリアにレーシング・エンジン。

たとえば,フリート・ユースとして生き残っているグロリア。


 タクシーやハイヤーに,その姿を見ることができます。このベーシック・グレードに,かつてグループCの心臓として使われた,純然たるレーシング・エンジンが(ディチューンはするものの)そのまま移植されたモデルが,密かにリリースされたとしたら,どう思われるでしょうか。


 フツーに考えれば,「何のために?」,であります。ありますが,かつてアメリカでは,こんなスペックを持ったセダンが結構あったのです。


 姿形だけを見れば,ガバメント・ユース(警察や政府機関で使われる),あるいはフリート・ユース(タクシーやレンタカーであります)を前提としたセダン以外ではあり得ないし,インテリア・トリムもヒジョーに簡素な仕立てです。だけど,よく観察してみると,スティックシフトがフロアから立ち上がり,そのシフターもスポーティなフォルムを持っている。加えて,エンジン・フードを跳ね上げてみれば,レーシング・プリペアードと表現して差し支えないエンジンが収まっている。


 1960年代初期のアメリカでは,NASCARに代表されるストックカー・レーシングやドラッグレースなどのレーシング・フィールドと,市販車との距離が比較的近かったようです。そして,その主戦兵器として重宝されたのが,シンプルな成り立ちを持ったセダンだったわけです。そのために,形はタクシーのようなのに,中身はレーシング・マシンを前提とした,ちょっと不思議なクルマが多く生まれたのです。


 そういう,不思議なセダンを比較的多く送り出していたのは,フォードだったように思います。


 当時販売されていた,フェアレーンやギャラクシーのベーシック・モデルに,フォードを代表するレーシング・エンジンである,“サイド・オイラー(427キュービック・インチ)”を搭載していたわけです。かの有名な,“ACコブラシェルビー・コブラ)”やフォードGT40に搭載され,レーシング・フィールドで活躍していたエンジンとまったく同じものです。ちょっと前の日本車にこのパターンを当てはめれば,タイトルに書いたように,“グロリアに純レーシング・エンジンを搭載したスペシャル・モデル”を,ストックカー・レーシングだけのために仕立ててしまうような感じでありますな。


 “ホモロゲーション・モデル”というと,ヨーロッパ的なレーシングをイメージしたりします。


 ですけど実際には,レーシング・プリペアードという意味ではヨーロッパのメイクス以上に過激なモデルを用意していたのが,アメリカ車だったというのは,ちょっと面白いな,と思うのです。