隠された意図。

我らが代表指揮官は,結構な「策士」だったな,と。


 確かに“コーチング・メソッド”を専門的に受講したわけでもなければ,クラブチームを率いてきたという実戦経験があるわけでもない。であるならば,長くトットナムで活躍し,イングランド代表チームにおいてもエース・ストライカーであったギャリー・リネカーが指摘するように,フットボールの専門家として「直観的な判断力」に優れる,フットボーラーとして活躍していた時代の資質を応用した,ということになろうか。


 ラウンドロビン第2戦・中国戦を前にしたスターターの全面的なシャッフルを見て,“ギャンブル”だと直感的に思いました.しかし,中田徹さんのコラム(スポーツナビ)を読んでいくうちに,自分の見方はちょっと一面的に過ぎたかも知れない,と思いはじめました。


 本来ならば,キリン・チャレンジカップなどの「インターナショナル・フレンドリー」において若手選手をテストしながら,ワールドカップアジア地区最終予選においてはメンバーをある程度固定して「計算が成立する」状況を作り出した上で戦っていく,という同時並行的なチーム構築アプローチを採用してくるのではないか,と考えていたわけです。しかし実際には,ワールドカップアジア地区最終予選において「結果」を出すことを最優先課題とし,それゆえに国際親善試合を「事前調整」として位置付けておく必要を感じていたのだろう,若手をテストするという発想の導入には至らなかったものと思います。


 最終戦を前に,FIFA裁定によって第三国開催となった北朝鮮戦を制し,本大会への出場権を確保した時点で,指揮官の発想が「若手主体のチームの可能性」へと大きくシフトしたのであれば,今回の全面的なシャッフルにも一定の説明が可能だろうと思うのです。


 宇都宮徹壱さんのコラム(スポーツナビ)によれば,指揮官は

 「本来なら第1戦から彼らを投入してもいいと考えていたが、私のほうがためらってしまった.1戦目は神経的にプレッシャーがかかるものなので、経験豊富な選手を入れた」


とのコメントを記者会見において残しています。表面的には最終予選を戦い,アジアカップを戦ったスターターによって東アジア選手権というタイトルを奪うことを宣言しつつも,水面下では冷静に新戦力を投入するタイミングを計っていたということになります。


 となれば,です。


 東アジア選手権を通して結果的に見えてきたことではあるのですが,本大会出場権を獲得するまでは,ともすればチームとしてのダイナミズムを失わしめるかも知れない,というネガティブを承知しながら,「敢えてメンバーを固定し続けた」ということになりはしないかな,と。最終予選においては想定可能なリスク・ファクタを可能な限り排除し,勝ち点を積み上げるという「結果」,あるいは眼前の勝負だけを追求する姿勢を終始貫く一方で,出場権を奪取した時点で「2006年」を具体的な目標としたチーム構築アプローチへと大きく方向転換したのではないかな,というわけです。


 今にして思えば,JFAのニュースリリース田中達也巻誠一郎駒野友一今野泰幸というクレジットを見た時点で,少なくとも最終予選までとは違うロジックによってチームを作り上げるのではないか,という見方をしておくべきだったかも知れません。宇都宮さんが指摘するような,「チームを壊す」(スクラップ・アンド・ビルド)と言うことよりも,チームの基盤を大きくすることを意図しているのではないかな,と感じます。傍目には相当なギャンブルに見えながら,実際にはかなりの計算を働かせた結果として,チームの全面的なシャッフルに踏み切るような指揮官ですから,「戻るべき場所」をそう簡単に手放すはずもない,と思っているのです。今までの基盤を保持しつつ,その基盤をさらに拡げることができるだけのポテンシャルを持った選手を300日強の間に可能な限り掘り起こす。同時に,チームに「競争意識」というダイナミズムを持ち込むことでさらなる主力選手の活性化をも意図しているのではないか,と考えはじめています。


 もちろん,中田徹さんが言うように,初戦にピークをしっかりと合わせることのできないコンディショニング(トレーニング・スケジュール)やリザーブ選手へのモチベーションの与え方,加えて攻撃,守備両面において“ユニット”という考え方をどのように選手間で共有させるか,など依然として問題とすべきテクニカルな部分はあるように思いますが,もっとベーシックな部分におけるこの指揮官の「隠された意図」は考えていた以上に多いのではないか,と今は感じています。