国立霞ヶ丘改修案に思うこと。

アシンメトリカルな改修案は,なかなかに面白いけれど。


 各競技団体の要求基準を読み込んでいないな,と感じさせる部分が気になりますね。2020年以降もしっかりと新国立霞ヶ丘を活用しようと思えば,IAAFやFIFAなどの要求基準を読み込んでおくことは重要である,と思うのです。今回は,こちらの記事と,建築家の伊東豊雄さんが手掛けた改修案(PDF)をもとに,国立競技場について書いてみよう,と思います。


 さて。冒頭にも書いたように,アシンメトリカルな外観はなかなかに興味深い提案です。また,新国立競技場ではサブ・トラックが常設されない可能性がある(神宮外苑野球場エリアに,サブ・トラックを臨時に設置する計画とか。)のですが,この平面図を見ると,明治公園と霞ヶ丘団地のエリアにサブ・トラックを常設する計画となっています。メイン・スタジアムとサブ・トラックととの物理的な距離(つまりは,アスリートの導線)を思えば,新国立競技場計画よりもスマートな提案がされているな,と感じるところです。


 ですけれど,この計画には書かれていない部分が気になります。


 この計画では,サイドスタンドからバックスタンドにかけては,耐震補強で対応する,との記述が見られます。現状の国立霞ヶ丘を最新鋭の競技場へと近付けるわけですから,耐震補強は必須要件でありましょう。とともに,ホスピタリティの見直しも必須要件であるように思うのですが,この点についての記述が残念ながら見当たりません。この計画ではサイドスタンドとバックスタンドを含めて39,000人を収容する,との記述はありますが,改修を施した上での数字なのか,現状を維持しての数字なのか,判断が難しいのです。いまの国立霞ヶ丘を考えると,シートピッチやシートの大きさなどを抜本的に見直す必要がある,と思います。また,各ゲートから座席への導線を整え直すことも求められるでしょう。となると,スタンドの勾配は維持するとしても,全面的に座席のレイアウトを変更する必要性が出てくるはずです。であれば,恐らくこの計画案で示されている39,000人を収容することは難しいのではないか,と見ています。仮設であるとして,アッパースタンドを用意する必要が出てくるのではないか,と思うわけです。


 もうひとつ。たとえばFIFAの基準を見ますと,ルーフの設置が求められています。そして,ルーフによってカバーできる範囲が・・・%,という部分まで細かく規定されているのです。現状の国立を考えますと,ルーフが設置されているのはメインスタンド部分だけ,それもカバーされている範囲がそれほど多くはありません。この面積を大幅に広げることが求められるはずなのですが,この計画ではなぜか,メインスタンド部分だけにルーフが設置される形になっています。このルーフを,サイドスタンドからバックスタンドへと広げていく必要性があるのです。国立霞ヶ丘でワールドカップをホストする,となると,FIFAの求める基準へと合致させる必要があるのですが,この計画案ではどうも,FIFA方面の要求までは考えていないようです。


 というように,伊東さんのアイディアにも,書かれていない部分に課題があるように思うわけです。


 ザハさんのアイディアは,その規模の大きさから景観面からの懸念であったり,2020年以降の活用可能性への懸念が出てきたものと思います。ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計を手掛けた「鳥の巣」も,ダウンサイジングというアイディアが落とし込まれていなかった(あのデザインを,仮設スタンドのアイディアとともに現実化させるためには,相当に高いハードルがあっただろうとは思うけれど。)がために,2008年以降の活用がスムーズにできているとは言いがたいようです。ザハさんのアイディアに対する懸念は理解できるし,カウンターパートが出てくることは大事なこと,だと思っているのは確かです。


 と同時に,ザハさんのアイディアとダウンサイジングのアイディアを両立させること,そして,この計画案にあるサブ・トラック設置というアイディアが矛盾する関係に立つ,とは思わないのも確かです。ザハ・ハディド・アーキテクツはデザイン面を担当するけれど,このデザインを実際の建築へと落とし込むための設計は確か,日建設計さんを中心とするJVが担当すると聞き及んでいます。技術的な側面からの提案によって,盛り込める要素(ダウンサイジング,となると削り込むわけですが。)はそれなりにあるように思うのです。伊東さんの提案を受けて,日建設計さんたちがどのような「現実的な」提案をザハさんサイドにしていけるか。現実的な落としどころは,恐らくこのような感じなのかな,と思っています。