山田暢久選手現役引退によせて。

インディアン・サマー”という言葉が似合わないフットボーラー。


 インディアン・サマーは一般に,小春日和を意味する言葉です。この意味を取って,フットボーラーのキャリア後期,最後の輝きを放つ時期を指して,インディアン・サマーという表現をする,ということをかつて,あるウェブ・エッセイで読んだ記憶があります。そんなタイミングがあるとして,暢久選手は恐らく,キャリア後期と感じさせないパフォーマンスを見せてくれるのではないかな,と思っていたわけです。


 まだ,キャリア後期というにはちょっと早い。そんな思いを持っていたから,このような言葉は似合わないフットボーラーだ,と思っていたのです。


 ではありますが,実際にはインディアン・サマーな時期を見ることなく,現役引退についての浦和からのリリースを読むことになったように思います。今回は,浦和からのリリースをもとに,まとまりのない話を徒然に書いていこう,と思います。


 思えば,不思議な話です。


 三ツ沢には,三浦知良選手という「希有な例外」がいますが,暢久選手の年齢までプロフェッショナルとしてのキャリアを積み重ねていくだけでも,相当に特別でありましょう。ならば,どこかでパフォーマンスの落ち込みを感じても不思議はない,のかも知れませんし,100%フィットな状態がなかなかピッチから感じ取れない,などということがあってもおかしくはなかった,のかも知れません。知れませんが,暢久選手から,そんなキャリア後期の雰囲気を感じ取ることは,難しかったように思うのです。浦和でのキャリアのなかで,インディアン・サマーな雰囲気,あるいはインディアン・サマーな時期が訪れたことを感じ取るのは難しかったのかも知れない,と。


 暢久選手から感じた“ギア・セット”の多さが,理由かも知れません。


 ときには,クルーズ・ギアに入っているのかな,という時間帯があったり,ギア抜けを起こす時間帯があった,ような気もします。と言いますか,抜ける時間帯の印象が強い,という方もおられるかも知れません。知れませんが,対戦相手,実際にピッチで対峙するフットボーラーの能力が高ければ,強い相手に対するギア・セットが用意されている,という印象が強く残っています。暢久選手が,(どうやら,不承不承ではあったようですが)右サイドを仕事場としていた時期,このような印象が強かったように思うのです。もともと持っている身体的な能力が高い,ということも作用していたのでしょうが,どこか「底知れぬ雰囲気」を持っていたように思うのです。


 のみならず,高い戦術理解度を持っていた,と思います。狙うフットボールを描き出すにあたって,どのようなプレーをすべきか,明確にイメージを持っていたように思うのです。フォルカーさんが浦和の指揮権を預かっていた時期,暢久選手は4のセンター,というポジションを任されることになります。このポジションで,暢久選手はフォルカーさんが狙うフットボール,その求める部分をしっかりと表現していたように思うのです。もうひとりのセンターである坪井選手と“アタック&カバー”という関係性(つまり,アタックの役割を暢久選手が担うわけです。)を構築,戦術的な約束事をしっかりと表現していたように思うのです。


 プロフェッショナルとして,身体的な部分は重要な基盤でありましょう。その意味で,暢久選手は長くキャリアを積み重ねていく,その前提条件を持ち合わせていたのでありましょう。けれど,この前提条件だけでキャリアを積み重ねることができないのも,また確かではないか,と思っています。暢久選手が浦和で積み重ねてきたキャリア,そのなかで多くの監督が浦和を指揮してきました。誰もが狙うフットボール,その理想型を持っていて,要求する要素はそれぞれに違う。この要素を的確に理解し,ピッチに表現していく,その能力が高かったからこそ,リーグ戦のピッチに立ち続けることができたのではないか,と思っています。


 どこか飄々としていて,自然体にキャリアを積み重ねてきた。そんな印象を与えるフットボーラーではありますが,実際には「理詰め」の部分を意図的に見せないために,自然体を装っていたのではないか,と勝手な推理をめぐらせています。そして,このフットボーラーはまだまだ見せていない部分を持っているのではないか,と思っています(いました)から,契約満了というリリースを実際に読んでもまだ,プロフェッショナル・フットボーラーとしてのキャリアに終止符を打つには早いだろうし,どこかで飄々と,ピッチに立ち続けているのではないか(立ち続けていてほしい),と思っていたのです。


 契約満了のリリースから今回のリリースまでの時間は,暢久選手が現役を退く,という決断に必要だった時間,だったのかも知れません。最終的に引退という決断をした,その理由には,キャリアを締め括る場所を浦和にしたい,浦和とは違うフットボール・クラブを現役最後のクラブとしてクレジットはしたくない,という思いがあったのかな,と思ったりします。暢久選手が浦和というクラブに対して持っている思いが,このリリースの向こう側にはあるような,そんな気がするわけです。