日産デルタウイングとガレージ56。
クラレンス・ジョンソンさんへのオマージュかな,と。
このレーシング・マシンをはじめて見たときの,偽らざる感想です。
リア・セクションだけを切り取って考えるのであれば,確かに既存のレーシング・マシン,特にスポーツ・プロトタイプとの共通項を見出すこともできます。できますが,あまりにも違うところが多い。レーシング・マシンというよりは戦闘機、それもクラレンス・ジョンソンさん(と言いますか,彼が在籍していた“スカンクワークス”)が手掛けた,SR−71のような設計思想に見えたわけです。当初は,シングル・シーターとして設計されていたと記憶していますが,今回はスポーツ・プロトタイプの文法に合わせて,(あくまでも形式的に,ではあるのですが)2シーターへと設計変更されたようです。にしても,すごく個性的、革新的なレーシング・マシンですし,すごく楽しみなチャレンジです。
そんなチャレンジに参加する,というのだから,期待感も特盛り状態,であります。
こちらのニュース記事をもとに,今季のル・マンに賞典外(次世代レース車両のための参戦枠をガレージ56枠,と言うそうで,そのためにゼッケン・ナンバーは0が割り当てられるのだとか。)として参戦する,“日産デルタウイング”について書いていこう,と思います。
まず,曽宮さんがまとめられたこの記事をさらにまとめますと。
このマシンを開発したのは,アメリカに本拠を置く,“デルタウイング・レーシングカーズ”であります。そのマシンに搭載する,1.6リッター直噴ターボを日産が供給する,とのことであります。
では,曽宮さんがまとめた記事に,いくつか補足していきます。
まず,このレーシング・マシン,誰が製作を担当したのだろうか,という話であります。興味津々で画像を見ていると,どこかで見たロゴ・マークがコクピット背後,恐らくはエア・インテーク下部に貼り付けられています。ひょっとして,と思って調べてみると,ダン・ガーニーさんがボスである,オール・アメリカン・レーサーズ社がこのマシン製作を担当していたのであります。かつて,IMSAなどに自社製作のスポーツ・プロトタイプ(もっと古い話をすれば,フォーミュラ1にも参戦していたことがあるそうです。)を持ち込んでいた,シャシー・コンストラクターにしてレース屋であります。ちょっとAARのページを斜め読みしてみましたら,今回のプロジェクトにはドン・パノスさんも関わっているのだとか。GTカー時代のル・マンには自らの名前を冠したマシンを持ち込んでいましたし,その後ALMSシリーズを立ち上げた人物でもあります。アメリカンなレース,そのなかでかなりの看板を持っているひとたちが,デルタウイングのプロジェクトに参加している,というわけです。
そして,実際のレース・オペレーションを担当するのはハイクロフト・レーシングであります。
HPDとパートナーシップを締結していた5シーズンのうち,3シーズンにおいてアメリカン・ル・マンシリーズ(ALMSシリーズ)を制するとともに,ル・マンへの参戦経験を持つ,スポーツ・プロトタイプの舞台での活躍が印象的なレース屋さんであります。
と,言わば,“オール・アメリカン”なプロジェクトであるデルタウイングが,搭載エンジンとして選んだのが,どういうわけかフォードでもなくシボレーでもなく,日産の1.6リッターだった,ということでありまして,で,“日産デルタウイング”ということになるわけです。
このレーシング・マシン,かつてはローラに在籍していたベン・ボールディさんが設計しているとのことなのですが,このマシンの特徴は軽量であることと,優れた空力特性であるようです。実際,空力的な付加物として確認できるのは,リア・セクションに配置された垂直尾翼程度、フロント・セクションはまさしく戦闘機,あるいは最高速チャレンジを意識した自動車のようなデザインですから,ボディそのもの、と言いますかボディ下面とリア・セクションでかなりのダウンフォースを発生させていることが推察されます。また,軽量であること、という条件を考えると,ギアボックスやエンジンなどがこれまでのスポーツ・プロトタイプと同じでは意味がありません。それなりの最高出力を発揮するエンジンで,しかも,マシンの空力特性(あとは,当然ながら重量バランス)を阻害しない大きさ,重さを持っていること。そんな条件でエンジンを探した結果,日産のDIG−Tが選ばれた,ということかな,と思います。で,今回の話もLMP2のときと同じく,高島町方面に最初から話が通ったのではなくて,欧州日産に話が通ったようです。このプロジェクトにはミシュランもコミットしている(特殊なタイアが必要であることは,あのフロント・セクションを見れば納得,ですしね。),とのことですから,ミシュランを経由してのお話だったのかも知れませんが,いずれにしても欧州日産のアンテナは相当に鋭いのではないかな,と思います。
基本設計としては,LMP1とLMP2の中間あたりを狙っているとか。であれば,相当なパフォーマンスを発揮するつもりのようですし,であるならば,本戦までの時間はかなり集中したテスト・セッションが組まれるのかな,とも思います。既存のレーシング・マシンとはまったく違う,革新的な設計思想のマシンが,賞典外とは言え,サルテを走るということに,すごく期待感を持っています。