対山形戦(11−25)。

チームの焦りが,ピッチから感じ取れてしまう。


 リズムを支配するという意識を持っていないと,中盤の機動性を必要なときに引き出すことができない。リズム・コントロールを意識できるようになると,狙うフットボールがもっと明確に描けるはず,などと昨季以前のフットボールについて書いていますが,それは「戦術的な要素」に良くも悪くもブレがなかったから書けたこと,でもあります。今節も,リズムが単調に流れていたな,とは思います。


 しかしながら,昨季以前とは決定的に違う。

 今季のフットボール,そのフレームになっていなくてはならないフレーム,戦術的な要素がピッチから感じ取れないのです。チームとして,どのようなフットボールを狙っているのか,最も重要な要素が感じ取れなくて,ただひとりひとりのフットボーラーが何とかして勝ち点奪取のために努力をしている。チームとしてのオーガナイズが機能していないのであれば,確信を持ってスペースに走り込むことも躊躇するだろうし,誰かが本当にスペースを狙ってくれるのか,確信を持てるはずもない。パスを繰り出すにしても,確信が揺らいでいるのだから,ゲームを落ち着かせて,などという発想を持つだけの余裕が持てるはずもない。必要以上に追い込まれているだろうから,縦に急ぐことを抑えるのも難しいでしょう。


 ここまで,明確には書かずにきたけれど,トラブル・シューティングであるとか,リセッティングの段階を超えているのではないか,と感じます。山形戦であります。


 アクシデントで,4−2−3−1から4−4−2へと変更を受けた,とか,パッケージの話をしようとすればできますが,戦術的な約束事が大きく欠落しているチームに対して,戦術的な見方をする必要性は感じません。
 相手守備ブロックを揺さぶり,隙を突くための連動性よりも,個による局面打開を狙う。そのときに,戦術的な約束事,サポートへの意識が決定的に抜け落ちたのではないか,と感じます。端的に書いてしまえば,スペースへと繰り出されたパスはほとんどないし,パスを受けるためにフリーランを仕掛けたフットボーラーもほとんどいない。イメージを共有しようにも,どういうイメージを描くべきなのか,という部分から先がないように,少なくとも外側からは感じられるのです。
 と,戦術的にオーガナイズされていないチームが相手なのですから,山形としても自分たちのゲーム・プランへと浦和を引き込むには,と策を巡らせる必要性はそれほど強くなかったのではないか,と感じます。加えて,立ち上がりの時間帯で狙う形で先制点を奪取できているわけですから,ここからのプランは昨季以前のフットボールに対する処方箋とほぼ同じだったのではないでしょうか。実際,昨季ほどの連動性もないし,組織性もないのだから,持たせておけば脅威を受けることはない,と感じていたのではないでしょうか。追加点奪取を仕掛けるきっかけをつかみにくかった,という部分で見ると,ちょっとプラン通りではなかったかも知れませんが,それでもほぼ描いた通りにゲームを動かせた,そんなゲームだったのではないか,と感じます。


 小林さんのアプローチは,ある意味で「正攻法」です。自分たちの戦力を冷静に見ているし,自分たちのフットボールで何がどこまでできるのか,をしっかりとつかんでいる。だから,相手をどのような形に追い込めばいいのか,処方箋を書くことができる。相手の弱点を的確につかむ,スカウティングに意味が出てくるのです。
 では,浦和はこれらの過程でどれだけのことができているでしょうか。
 自分たちの戦力を冷静につかめているでしょうか。自分たちのフットボール,という枠組みを作れているでしょうか。できることとできないことを分けられているでしょうか。クラブの規模,などという話ではなくて,チーム・ビルディングの根幹が揺らいでいるかのように見える。繰り返しになりますが,トラブル・シュートであるとか,リセッティングの段階を超えた状態に踏み込んでしまっている,と感じます。