「旗頭」は幻影か。

フットボール・ネイションとの距離が縮まりつつある。


 悪いことではない,と思っています。


 プロフェッショナル・フットボーラーとしてのキャリアは,概してそれほど長くはない,と言わざるを得ないように思います(重大な例外が,札幌方面と三ツ沢方面に在籍されていますが)。それだけに,フットボーラーには「納得できる」キャリアを,と思うわけです。であれば,自身のパフォーマンスがフットボール・ネイションでどれだけ通用するのか,厳しい舞台でそのパフォーマンスがどれだけ進化,熟成していくのか,ということを試したい,という思いは自然なことだし,当然だろう,と。そんなフットボーラーの思いと,相手方との距離が縮まりつつあるように思えるわけだから,フットボーラー・ファーストな発想で書けば,歓迎すべき状況だと思います。


 ただ,手放しで喜べない,というのも確かなことです。


 いささか無関係に思えるようなマクラ,加えてどう見てもつながりの悪いタイトルを持ち出しつつ,今回はこちらの記事をもとに書いていこう,と思います。


 この記事は,原口選手との契約が2014シーズンまで延長された,という話なのでありますが,この契約延長が意味するところは恐らく,「手放しで喜べない」部分に行き着くのではないか,と思うのです。契約期間中の海外移籍,この移籍に伴う「違約金」であります。


 たとえば。長友選手のケースでは,FC東京に対してチェゼーナ・サイドから一定程度のリターンがあった(ただ,チェゼーナからすればインテルナツィオナーレに高く売却できるわけですから,悪くない投資だった,ということになりましょうが。)わけですが,逆に言えば長友選手のケースくらいしか,クラブに対してリターンがあった海外移籍のケースは(記憶する限りにおいては)ない,ということになります。契約期間満了に伴う移籍,でありますから,クラブに対する違約金が発生することもなく,選手獲得を狙うクラブからすれば「投資」はフットボーラー個人への契約金だけで済む。そして,獲得したフットボーラーが「高く売り抜けられる」素材であったとすれば,その投資効果は計り知れない。そういう形が「一般化」してしまっていることについては,いささか危機感を感じてほしい,と個人的には思っていました。


 国内でリーディング・クラブであろうとも,フットボール・ネイションとの関係性で見るならば,あくまで「獲られる」立場でしかないし,フットボール・ビジネスという側面から見るならば「アマチュア」以下と受け取られかねない。そんな状態を,ちょっとでも改善すべきだろう,と思っていたわけです。


 ただ同時に,「旗頭(=バンディエラ)」が成立しにくい周辺環境になりつつあるのかも知れない,とも感じます。


 下部組織からファースト・チームへと上り詰める,というケースであれ,高校,大学からの新規入団というケースであれ。プロフェッショナル・フットボーラーとしてのキャリア,そこにクレジットされるクラブがひとつだけで完結している。個人的には,可能な限りこのようなフットボーラーを多く輩出してほしい,と思いますし,ある種の理想として見ている部分があるのは確かです。
 確かですが,フットボール・ネイションとの距離が縮まっているということが,クラブにフットボール・ビジネスという側面を意識させることになっている,という現実がある,ということも理解しておかないといけないのだろう,と思うのです。原口選手に限らず,ひとりのフットボーラーを育成していく,ファースト・チームで「戦力」たり得るフットボーラーへと仕上げていくためには,相当なコストが発生しているはずです。そのコストを何らかの形で回収できなければ,新たなフットボーラーを育てていく,という循環が生まれてはいかない。心情的に言えば,「受け入れがたいこと」であるとしても,浦和というクラブがフットボール・ビジネスの側面でもしっかりと機能していくためには受け入れていかざるを得ない,そんな覚悟をしておく必要があるかな,と思うのです。


 海外との距離が縮まっているのであれば,クラブの意識も「相手方」に合わせたものへと変わっていかないといけない。個人的には,望ましいものだとは思っていませんが,フットボーラーに引っ張られる形ではなくて,クラブが主導して海外移籍を仕掛ける(=厳しい書き方をすれば,違約金ゼロで相手に買い叩かれる前に売り抜ける),というシビアさを意識しなければならない,という部分も間違いなくある,と思うのです。
 それだけに,クラブが「魅力」を持っていなければ,となおさらに思います。このクラブで戦い続けたい,と思わせる「何か」をしっかりと持っていなければ,と。クラブに持っていてほしい,と思う「色」,その色はこういう側面からも必要性が導けるように感じます。