四知。

楊震でしたか。


 「天知る、地知る、汝知る、我知る」ですね。
 この言葉の背景となった事情は確かに違うのですが,隠密裏に謀ったことであろうとも,結局は露見するという意味において,ほぼ意味は通るように感じます。違った慣用句を引っ張り出せば,「温故知新」で理解できる構図,という言い方だってできるはずです。


 フットボール・スタイルというのは,どこかに蓄積していく。ポゼッションを指向しようと,カウンター・アタックを主戦としていた時期の香りは残るものだし,逆にカウンターを主戦とするようになっても,かつてポゼッションを狙った時期があれば,そのときの印象は必ずどこかに残っていく。DNAに組み込まれていく要素,というのは程度差があるとしても,確実に存在しているように思うのです。


 しかし,「クラブの体質」となると話は別で。


 トレーニング・グラウンドを虚心坦懐に観察することではなく,「夜討ち朝駆け」,政治部的な発想(この発想も,そもそも時代錯誤なものだと思っていますが。)で取材活動に勤しまれている方々、スポーツ・メディアに限らずおられるようですが,そんな方々との関係を重視し,アウトサイドを経由してクラブ・サイドの意図を観測気球的に発信,あるいはメディアと共同戦線を張ることで「とある流れ」をつくろうとする,何ともポリティクスがお好きな「関係者」がいまだにおられるようです。しかもご丁寧に,かつてとまったく同じやり方で。


 どんな組織でも,ポリティクスが介在するのは当然のこと。


 であるとしても,アウトサイドからそのポリティクスが容易に理解できるようではいけない。「関係者」さんは,メディア経由でうまく思う方向へと誘導できた,などと思っているかも知れないけれど,最もも透けて見えてきてほしいこと(それ以前に,オフィシャルにしっかりと打ち出してほしいこと),クラブはどのようなフットボールを意識しているのか,どのようにファースト・チームをハンドリングしていきたいのか,という方向性がまったくと言っていいほど透けて見えることはない。オシムさんの通訳を務められた千田さんは,ご自身のブログ・エントリで,「某チームの強化部の選手や監督への評価」も暴露してくれないかな(某チームだなんて,気を使ってもらっております。申し訳ない。),などと書かれていますが,そもそもクラブには評価指針があるのかどうか,もっと根幹に関わる部分を暴露してもらいたいくらいです。


 とは言え,いつかは露見する,とするならば,結論は見えているようなものでしょう。