深谷対浦和戦(第89回(2009)全国高校ラグビー埼玉県予選・決勝戦)。

勝戦らしい,緊張感のあるゲームでした。


 コンバージョンを抜いた,純然たる1トライ差。


 ラグビーフットボールにあっては,「僅差」と言って差し支えない得点差でしょう。
 特にこの得点差が,勝者と敗者を分ける要素でした。
 浦和がトライで同点に追い付けば,それはつまり切符を引き寄せるということを意味したのです。
 しかし。浦和が同点に届くことはありませんでした。この僅差が,厳然と勝者と敗者を分けたのです。
 けれど,「厳然たる僅差」だったか,と言えば,必ずしもそうではなかったのではないか,という感触を持ってもいます。積極的なミステイクか,それとも相手のプレッシャーを真正面から受けてのミステイクかは別としても,紙一重の要素が積み重なるようにして,5点差という得点差となったように思われるのです。


 ということで,もうひとつの軸である楕円球なエントリであります。高校ラグビー,その決勝戦であります。ちょっと前のエントリでは,ゲーム内容には触れずに得点差だけを取り上げてみましたが,今回はしっかりと掘り下げてみよう,と思っています。


 まずは,“Runner-up”に敬意を表して,浦和の印象から。


 ごく大ざっぱにゲームを2分割してみますと,狙い通りだったのが前半,その狙いが微妙にズレを生じた,と言いますか,戦術的な徹底度にちょっとした緩さを見せてしまったのが後半,という形になろうか,と感じるところがあります。


 前半,特に立ち上がりの時間帯ですが。


 決勝戦という舞台が与える緊張感でしょうか,ボール・ハンドリングが落ち着かない,という印象が浦和,深谷ともにありました。ありましたが,その落ち着かないハンドリングの影響が相対的に小さかったのが浦和ではなかったか,と感じます。序盤の段階から積極的に仕掛けてくる深谷を丁寧な守備応対で受け止め,鋭く逆襲を仕掛けていく,という姿勢を見せていました。
 恐らく,10分前後の時間をゲーム・クロックが示していたでしょうか,浦和は逆襲からゴール真下のエリアに深く攻め入り,先制トライを奪取する好機をつかみますが,このタイミングではミステイクでチャンスを潰してしまいます。


 結果として,スコアを動かすことはできなかったわけですが。


 少なくとも,浦和が描いていただろうゲーム・プランが相当程度に描けている。そんなことを感じさせる,仕掛けでありました。そして,この印象は先制トライへとつながっていきます。


 相手は積極的に攻撃を仕掛けているのだけれど,トライを奪えない。逆に,徹底した守備応対から先制トライを奪うことに成功する。かなりいい形で,ハーフタイムを迎えることができたのではないか,と思います。


 この形が微妙にズレを生じたのが,後半ではなかったか,と。


 主導権を掌握しているはずなのに,「追い掛けてくる」相手を受けたのか,ラッシュを掛けてくる相手を「受けて」しまったように見えます。仕掛けていく守備応対ができていたのに,自分たちから仕掛けていくような守備応対にならず,ファウル・プレイを出してしまう。深谷が擁するBK,特にハーフの機動力,という要素を思えば,自陣深いエリアでファウルを犯す,というのは相手に重要な攻撃の起点(局面によっては得点機)を提供するようなものなのですが,深谷の攻撃をなかなか抑え込めない時間帯が生じた。「隙」と言えばその通りなのかも知れませんが,5点差をどうチームとして扱うのか,5点差を徹底して守り切るのか,それともさらに点差を開くべく仕掛けていくのか,という部分で戦術的な徹底が図りきれなかったのかも知れない,と感じたりします。


 対して,花園への指定席切符を奪取した深谷であります。


 「焦らなかったこと」が大きな意味を持ったのではないか,と思います。
 浦和が徹底した守備応対を仕掛けてくることを(恐らくは,スカウティングを通じて)意識していたのでしょう,前半にリズムを掌握しきれなかったことに,必要以上の焦りを感じるのではなくて,むしろ自分たちの持つラグビー・スタイルを徹底して表現する,という方向性に意識を振り向けられた,というのが大きかったのではないか,と思うわけです。
 加えて言うならば,浦和が先制トライを奪ったことでむしろ,深谷として「やるべきこと」が明確になったのではないか,と感じるところもあります。その姿勢が,後半のギアチェンジにつながったのではないか,と感じます。
 このゲームでの深谷は,エリアを積極的にコントロールする(=浦和によって奪われたエリアをできるだけ早い段階で取り戻す),という意図を持ったキックを繰り出すよりも,深いエリアからであっても積極的にボールを展開,縦に仕掛けるためのスペースを狙う,という攻撃スタイルを徹底していたように思います。もちろん,浦和もかなりタイトなディフェンスを仕掛けていますから,なかなかボール・キャリアがいい形で飛び出せるスペースを奪えないのですが,局面によってはマークすべき選手とディフェンスに入る選手とのズレが生じていました。そのために,数的優位が生じる(相手のマークから外れる選手が出てくる)時間帯が出てきていました。その時間帯を逃さずに,深谷は仕掛けを強めていきます。


 となると,「縦」への鋭さであったり,速さを持つ深谷が主導権を握ることになります。


 今季はキックでエリアを奪う,という形を多用するのではなくて,ボールの積極的な展開で相手を揺さぶり,ギャップから縦を突く,というラン・プレイを基盤とする攻撃を徹底することで,ゲームを自分たちへと引き寄せることに成功します。その深谷を抑えるために,“ノー・ファウル”で,という意識を浦和は徹底していたはずですが,その浦和は分かっていてもファウルを犯してしまう。このファウルがPGで得点差を詰めることに直結しますし,そのあとの時間帯,ファウルを受けたポイントからの鋭い仕掛けから逆転トライを奪取,という形へとつながっていっているように思うわけです。


 ここからのゲーム・コントロールはなかなかに巧みでした。


 浦和が持つ,縦への「強さ」を攻撃面につなげられないエリアに封じ込めておく,という方向性を徹底してきます。深谷もディフェンス面に強みを持つチームですし,このようなクローズドな展開となると,なかなか深谷のディフェンスを割るのは難しくなる。


 ハーフタイムに浦和,そして深谷の監督がどのような指示をしたか,という部分での興味も,当然あります。あるけれど,フィールドから受け取れただけでも,決勝戦に相応しい緊張感が支配したゲームだったと思います。


 さて。いささか気の早い話でありますが。


 深谷には,ぜひとも「2回戦の壁」を打ち破ってほしい,と思います。立ち上がりから積極的に仕掛けていく,という姿勢が本戦でも貫ければ,そして先制されても動じないで自分たちのラグビーに相手を引き込む,という意識を持ち続けられるならば,プレゼンスを示すこともできるだろう,と思いますし,そうあってほしい,と思います。