アップかダウンか(ZX−10R)。

「運動性能を高める」という目的に違いはない。


 ただ,その目的に到達するための方法論がちょっと違う。その結果として,アップかダウンか,という話がはじまるんですね。


 “アップ”の考え方の基盤にあるものは,「バンク角確保」でしょう。
 コーナリング時にタイアの性能を徹底的に引き出してやろうと思えば,そして遠心力に逆らおうとすれば,車体を大きく傾けてやりたい。そのときにジャマになるのが,マフラー(サイレンサー)の存在です。このサイレンサーを軽量に設計できるのであれば,どこかジャマにならないところにレイアウトしてしまいたい。
 ドゥカティ916の設計を担当したマッシモ・タンブリーニさんは,そんなロジック・フローを持っていたのではないか,と思います。ドゥカティは500cc・2ストロークのレーシング・マシンを開発したことはありませんが,NSRやYZRなどのマシン・レイアウトを思い出してみると,シートカウルにサイレンサーを収めた車体設計をしています。この設計を,4ストロークに応用したと見ればいいのではないでしょうか。


 この設計,トライアンフやホンダ,ヤマハなど多くのメーカに影響を与えています。
 ただし,もうひとつの考え方からいくと,決してアップスタイルのレイアウトは理想的とは言えません。重量物は可能な限り,重心に近いところへ集中させる,というものです。クルマにせよバイクにせよ,運動性能を高めていくには重量バランスが重要な要素となります。そのときに,サイレンサーという重量物(最近ではかなり軽量化されてはいますが)を重心から遠く離れたシートカウルに収めるというのは,確かに望ましくはない部分がある。
 同時に,アップスタイルを導入するきっかけとなった,バンク角確保という要請を無視するわけにはいかない。そこで,膨張室(チャンバー)を持ったごく短いサイレンサーを車体に這わせるようにしてレイアウトする,という形が生まれる。このスタイル,エンジンがコンパクトになったり,触媒装着が増えつつあるいま,もうひとつのスタンダードになりそうです。


 そして,カワサキはダウンスタイルを採用してきました。ということで,カワサキの2008年モデルのことなど。





 さて,“Ninja”という名前のスポーツ・イメージはかなり高まっているように思います。
 なかなか“ワークス”活動に対して積極的とは言えないカワサキでありましたが,今季はJSBKカワサキ・ファクトリーである“チーム・グリーン”を送り込んだり,WSBKにもZX−10Rを参戦させています。世界選手権(スーパーバイク,スーパーストックを含めて)は形だけを見ると,カスタマー・サポートのように受け取れますが,実質的にはファクトリーのバックアップを受けた“セミ・ワークス体制”のようです。


 というように,マシンそのものが持っている潜在能力は非常に高いものがあるわけです。
 ですが,思ったよりも公道での楽しさが表現されていない,との評価を受けているのも確かです。


 速さに対するアプローチをとるのか,それとも趣味性の高いライド感を構築するのか。
 これらの要素が,ちょっと「二者択一」になってしまってバランスしていなかった,という感じかも知れません。ある意味で,荒々しさが「カワサキらしさ」と言える部分もあるのだけれど,ライバルと比較して「公道で武器になる」スポーティなライドを演出できていたか,というと難しい。セッティング(と言いますか,味付けと言いますか)がちょっと,分かりにくかったと言えばいいでしょうか。


 この部分が,08モデルではどのように進化しているか,ちょっと期待したいわけです。
 07年モデルでは,フロント・フェイスを含めて曲線を多用したデザインが印象的でしたが,08年モデルでは,アクセントとしてエッジを効かせたデザインへと回帰している。「カワサキ」のイメージをより直接的に表現しているのは,08モデルだろう,と個人的には感じます。本格的な国内へのデリバリー(逆輸入,ということにはなりますが)が待ち遠しいバイク,であります。