隠れた要素。

ひさびさに,屋号な話からはじめますと。


 まだ,グループA規定でJTCが戦われていた時代の話です。
 グループAは最大排気量によってクラス分けされるのですが,なかでも最大排気量クラスであるクラス1を“ワンメイク状態”にしたのが,BNR32です。このBNR32を主戦兵器とするチームのうち,トップ・コンテンダーとして(そして,最初期には実質的なファクトリーとしても)位置づけられていたのがホシノ・レーシング(カルソニックスカイライン)であります。


 このカルソニックスカイライン,一時期不調に陥っていました。


 何をやってもサスペンション・セッティングが決まらなかったらしいのです。当然,サスペンション・セッティングが決まらないのだから,エンジン・パワーを路面に伝えきることはできません。
 あらゆるセッティングを試し,最終的に行き着いた結論が,“ボディシェルに問題アリ”というものだったそうです。
 確か,このときに使っていたモノコックは,結構長いシーズンを戦い抜いたものであったのだとか。そのモノコックが,高負荷に耐えきれずに劣化を起こしていたのだそうです。つまり,モノコックが緩んでしまったことで,サスペンションが本来の機能を失ってしまったということになります。ホシノ・レーシングさんは,モノコックを新規に製作し直し,投入します。当然,パフォーマンスは本来のものに戻ったといいます。


 …レーシング・マシンの話ではありますが,もちろんメタファーです。


 どういうことを言いたいか。


 「拠って立つべき基本戦術を明確にすることなく,戦力補強だけに話が向くのはバランスを崩す」ということです。


 確かに,戦術は選手たちの創造性を規制する方向へと作用するかも知れません。スペクタクル性も小さくなってしまうように感じるかも知れません。ですが,「チームとしての」スペクタクルをピッチ上に表現するためには,ピッチに立っているすべての選手が持っている戦術的なピクチャー,ひとりひとりの選手が持っている高い技術,その技術を安定して発揮できるだけの身体能力がシッカリとかみ合う必要があるはずです。どれかひとつの要素が欠けても,チームが本来表現できて良いはずのパフォーマンスは不安定なものになってしまうのではないか。
 チームとしてのパフォーマンスを安定して発揮させるための最重要要素こそが,“スタイル”として表現できるものだろうと思うのです。それはDNAのように受け継がれていくものであり,姿を微妙に変えながらもどこかに過去のチームとの連続性を感じさせるものでもあるように思えます。


 言い方を換えれば,あまりにチームのスタイルが大きく変わってしまうというのは,チームにとって決して良いことではないようにも感じます。


 恐らく,普段は最も重要な要素などという意識はないはずです。


 ですが,実際にはパーツの性能を最大限に引き出しているのは,“ボディシェル”という一見パーツには思えない,でも実際には最大のパーツであり,そのメインテナンスは最も重要な要素である。そのことは,どんなにセッティングを出そうとしてもセッティングが決まらないときに,初めて気がつく性質のものだったりするから,厄介だったりするのです。


 不調に陥ったクラブは,否応なくフレームであるフットボール・スタイルを意識せざるを得ないと思います。ときにもともと持っているはずのフットボール・スタイルを見失い,ときにそのスタイルを無理に変えようとすることで,リズムを崩してしまう。その結果として,テーブル下位に沈んでしまうことになる。
 ですが,フレームにかかわる問題は恐らく,リーグ・テーブルでの位置関係を問わないはずです。拠って立つべき基本戦術を常に意識しておくことは,戦力補強と並んで重要でしょう。ともすれば,戦力補強に先行すべき課題ではないか,と思うのです。