対トリニダード・トバゴ戦(KCC2006)。

イビツァさんの言葉は,少なくとも2つ以上の意味を持っているような感じがします。


 ひとつは,言うまでもなく表面的に表われた言葉そのものが持つ意味です。そして,もうひとつはその言葉をしっかりと解釈する中から表われてくる,言葉本来の意味と密接に関連する,それでいて言葉そのものの意味よりもさらに重要な意味であるように感じられます。


 トリニダード・トバゴとのゲームが終わったあとの記者会見でのコメント(スポーツナビ),その中の

 それでも私にとって気掛かりなことはあった。それは、サッカーは90分の試合だということだ。今日出場した選手の中には90分間、走ることができない選手がいた。それは代表選手だけではなく、Jリーグ全体に言えることだと感じている。


という発言内容はまさしく,2つの意味を同時に持ち合わせているような感じがするわけです。


 まず,ひとつめの意味を考えていきますと。


 引用させてもらったオシムさんの言葉を表面的に捉えれば,「走力」が不足しているということになります。
 このことは,ラグビーフットボールでも同様に指摘される部分だと感じます。例えば,トップリーグ上位をうかがうクラブは基本的にラグビー・ネイションのトップクラブが採用するような組織戦術を駆使してシーズンを戦っています。ある意味,よく似たようなスタイルを持ったクラブが真正面からぶつかるがゆえに,自分たちが本来持っているはずのストロング・ポイントを意識することなくシーズンを戦っていくことになる。
 しかし,各クラブからセレクトされた選手で構成された“ジャパン”というチームになると,否応なく“ラグビー日本代表としてのストロング・ポイント”を意識せざるを得なくなる。本来持っている(そして,ストロング・ポイントとなり得る)俊敏性,テクニカル・スキルを最大限に活かすためには,ベースとなる能力が必要不可欠な要素となる。競技の差はありますが,求められていることは基本的に同じなのではないか,と感じます。


 走力を引き上げるためのアプローチは,もちろんクラブとの連携がなければ成立しないし,クラブサイドのコーチング・スタッフが走力の重要性をしっかりと認識していなければならない。浦和や横浜など,トレーニング・グラウンドに坂路を設置して,トップスピードを高める方向でのサーキット・トレーニングを導入しているクラブもありますが,リーグ全体としてどう走力(大きく解釈すれば,フィットネス)を高めていくか。大きな課題を記者会見において提示されたような感じがします。


 そして,表面的に捉えられる意味を大前提として,もうひとつ,恐らくはさらに重要だろう意味を考えていくことにします。


 最初に結論的なことを言ってしまえば,オシムさんの考える理想は相当高く,初戦だからと言って単純に結果を引き出せればそれでオッケーというわけではなく,「勝ち方」,あるいは「戦い方」に(明示的であるか,黙示的であるかは別として)課題を課していたということの裏返しではないか,と感じるのです。
 そこで,今回はいつもとちょっと書き方を変えて,オシムさんが考える課題は何だろう,という視点からゲーム内容を考えてみようと思います。


 極端なことを言ってしまえば,後半こそがこのゲームの主題なのかな,と思うところがあります。


 まず,オシムさんも褒めていたポイントから。


 ボール・ホルダーが素早いルックアップを基盤として,スペースをしっかりと意識しながらパスを繰り出せる状況をパス・レシーバ,そしてそのまわりにいる選手たちがしてくれているから,パス・ワークにスムーズさが増し,結果としてパス・スピードが上がっています。それだけに,ショートレンジ〜ミドルレンジ・パスをダイレクトに繰り出すリズミカルな攻撃が成立しやすくなっていた。それだけでなく,パスを繰り出したあと,あるいはパスの選択肢を広げるべく積極的にフリー・ランニングを仕掛けている選手が攻撃に参加し,局面によってはゴール付近に詰めているから,シュートからのリフレクションに怖さが増してきた。
 また,柔軟にコンビネーション(イニシャル・ポジション)を変化させながら攻撃を組み立てることができていた。


 ゲーム立ち上がりから25分前後までのリズミカルなムービング・フットボールを90分プラスしっかりと押し切ることができれば,最も理想的な展開だろうとは思います。
 ですが,あまりにも現実味に欠ける。そもそも,90分プラスボールを保持できるはずがない。相手の攻撃を受け止めなければならない時間帯をしっかりと考慮しなければなりません。そのときにどういう対処をするのか,ということを実戦を通してテストしたかったのかな,と思うわけです。


 例えば,緩やかなリズムでのボール・ポゼッションから積極的なパス・ワークへと仕掛けのリズムを変化させてきた場合,その速まってきたリズムに合わせて守備応対をするのか,それとも相手のリズムを崩す方向性で守備応対を掛けるのか。
 加えて言えば,守備は単に相手の攻撃を受け止めるだけではなく,自分たちが積極的に攻撃を仕掛けるための端緒だと意識するならば,自分たちの運動量が相対的に落ちてきた時間帯に,どう自分たちの持っている攻撃リズムを引き出していくのか,という課題が加わってきます。


 ゲームをどうクローズするのか,という部分とも大きく関わる話であります。


 自分たちの運動量が低下するのと同時に,主導権を完全に相手に奪われるようなことがあると,それまでにリードを築いていたとしてもそのリードを守りきれないこともある。ならば,走力を引き上げることで運動量低下を最低限に抑えるという根本的な解決法とともに,ゲームを貫くリズムをチームとして強く意識する。ラッシュを掛けるべき時間帯と,しっかりとした守備応対を繰り返す中から相手に傾きかけたリズムを取り戻すべき時間帯とで巧みにリズムをコントロールする。そんな方向性での「走力」の捉え方も重要性を帯びるはず。ごく簡単に言ってしまえば,走力を支える要素として,「戦術眼」がしっかりとピッチに立っている選手すべてに共有されていることを要求しているのかな,と。


 後半にあっても,流動的なセンターとアウトサイドのコンビネーションの中から効果的な攻撃を仕掛けた時間帯は確かにありました。ですが,その仕掛けをより明確に「意図して」仕掛けてほしい。相手が積極的に仕掛けてくるだろう後半立ち上がりをしっかりとコントロールすると同時に,ゲームを決定付けられるタイミングを主体的に作り出し,チーム全体が再加速をかけるような状態を作り上げたい。そんな流れの中から,このゲームでは単発的な印象になってしまった攻撃を集中して仕掛けていく。走力と,戦術眼に裏打ちされたそんなゲーム・プランを選手たちが描いてくれることを期待しているのだろうな,と感じます。よく考えてみれば,招集をかけてから3日目なんですけどね。


 この勝手な想像が当たっているとするならば,この指揮官が描く理想はとんでもなく高いことになります。山瀬選手がコメントしているように,ワールドカップに優勝でもしない限り満足しないほどに貪欲でもある。
 ただ,このひとは自然科学を学んだひとでもある。可能性のないところに過大な要求はしないはず。何らかの取っ掛かりを短い時間で見出したに違いない。


 これからの代表の「進化」に期待せずにはいられない,ヒジョーに面白い序曲だったな,と感じます。