「戦略」思考。

オリンピックにせよ,ワールドカップにせよ。


 4年に1回の開催ペースですから,選手強化スケジュールも基本的に4年を1つのタームとして意識しているような感じがします。ある意味で,4年のタームを「所与の前提」としているところがありますが,果たしてこれが最適解なのでしょうか。


 例えば,ある競技におけるワールド・ランキングが,2006年現在でトップ・グループではないものの,セカンド・グループ上位〜中位程度に付けているとしましょう。では4年後,同じ位置に付けているという保証があるでしょうか。「未知数」である,という解答が最も妥当なものだろうと思います。ともすれば,トップ・ランカーへと食い込めるかも知れないし,逆にサード・グループへと転落する可能性も同様にある。


 ただ言えることは,実際にいま実施している強化施策が現状に照らして適合的か,また将来的にトップ・ランカーに割って入り,自らのポジションを盤石なものとするために必要な施策がどのようなものか,を徹底的に考え続けない限り,単なる「現状維持」ではセカンド・グループから脱落し,トップ・ランカーとの距離が開いていく可能性の方が圧倒的に大きいように感じます。


 ならば,最低条件として「どう世界との差を広げられられることなく,選手強化を進めていくか」,そして理想としては「世界との差を縮め,トップランカーと互角の勝負を挑むために何が求められるのか」を考えた上での強化施策が必要になってくるはずです。その根幹に位置するのが,戦略であると思うのです。


 長い前置きになってしまいましたが。


 今回はどうやら600エントリ目のようですが,相変わらずちょっと難しいことを書いていこうと思っています。ここからも長くなりますので,ちょっと畳ませていただきますと。


 「戦略」というと,物騒な方面のことを想像されるひとも多いかと。


 今回は敢えて,その物騒な方面での理論をもとに考えたいわけです。


 クラウセヴィッツさんが言うには,戦略というのは目的達成のために戦闘を配分すること,だそうであります。戦闘と言っても,実際に敵と交戦するだけが戦闘ではありません。最前線にどうやって弾薬や食料などの必要な物資を送るか,というロジスティクス,そしてロジスティクスを構築するための工兵部隊の展開,そして戦線を必要以上に拡大することなく当初の目的を達成するための外交工作など,その意味は多岐に渡ります。・・・ホント,物騒ですな。


 ともかく。言ってみれば,最適解を導くための資源配分法を説いているわけです。


 フットボールの世界にこの考え方を当てはめれば,「目的」というのが恐らくはJFAが打ち出したJFA2005年宣言(JFAオフィシャル)でしょう。つまり,2050年までにワールドカップを自国開催し,そこで優勝を遂げる,というものであります。そのために,どういう資源配分をしていく必要があるか,という考え方ですね。


 となると,世代別代表やフル代表のコーチング・スタッフ選定にあっては,2005年宣言に照らしてどう位置付けられるのか,という視点が必要不可欠であるはずです。一方で,選手層を分厚くしていく必要があるのは当然として,もう一方で指導者層も分厚くしていく必要があると思うのです。しかも,2050年という長期的目標を意識すれば,トップレベルのチームを率いるコーチだけでなく,トップレベルのチームを率いるに足る知見を持ちながら,その知識,経験を簡単に分かりやすくこどもたちに教えられる,教育者的な資質にも長けた指導者を積極的に育成していかなければならない,ということになります。


 以前,デットマール・クラマーさんを大きく扱った後藤さんのコラム(スポーツナビ)をもとに,「デットマール・クラマー氏の至言。」というエントリを書いたことがあります。クラマーさんは,中長期的な展望を持ってチームを構築していくことの重要性を説いておられた。まったくその通りだろうと思います。そして,デットマール・クラマーさんの言葉を借りるならば,「常に将来を勝ち取らないといけない。それが大事なことだ」ということはコーチング・スタッフ育成についても当てはまる,ということなのだろうと思うのです。


 今回,代表監督に就任する予定であるイビツァ・オシムさんは,間違いなく世界最高峰レベルのフットボール・コーチです。代表チームにとっても貴重な財産だと思いますが,ちょっと視点を変えると,指導者育成にとっても最も重要な期間をJFAに提供してくれることになると思います。U−21(次期オリンピック代表)スタッフをはじめ,各世代別代表のコーチング・スタッフは2050年を最終年とした場合のインターリムを担う,重要な人物ということになります。ある時期までは実際に指導者として現場に立ち,ある時期からは大学,あるいはJFAに入って後継者を育成する。そのベースに,オシムさんの経験,知識が位置する。そういう,指導者育成のサイクルを作り出すために最も重要な時期,という見方もあって然るべきでしょう。そんな視座を持ってスタッフ選定がされているのかどうか。


 確かに,2006年大会ファースト・ラウンドでの不本意な結果を考えれば,2010年南アフリカ大会までに,どう代表チームの基盤を再構築するか,という短期目標こそが焦眉の課題だ,という考え方も十分に成立するように思います。


 ですが同時に,2010年南アフリカ大会はその後の代表の基礎構造を兼ねていなければならない,ということも言えるはずです。JFAは2005年宣言と並んで,キャプテンズ・ミッション(JFAオフィシャル)というアクション・プランをリリースしています。このアクション・プランをさらに具体的な活動方針へと熟成させ,2005年宣言で打ち出した基本戦略と有機的に連携させていく必要がある。


 どうもここ最近,ドタバタした印象しか残していないJFAですが,本来必要とされるのは長期的な視点を持った戦略思考だろうと感じます。フットボールという競技を統括するHQならば,戦略立案という本来的な機能に特化すべきだし,そのための組織設計をしておかねばならない。組織維持などという「内向き」のためにポリティクスを駆使するのではなく,本来の目的達成のためにしっかりとポリティクスを駆使していける組織を。そう思うわけです。