メルカートのメリット、デメリット。

FIFAワールドカップ2006を貫く基本的傾向として,「ベテラン選手の活躍」と「若きスターの不在」を挙げる向きは多いか,と。


 フットボーラーとして,収穫の時を迎える選手が多かったということもあるでしょうし,選手としてのピークを長く維持することのできるプレイヤーが増えてきた,ということも当然要因として指摘するべきだろうとは思いますが,同時に,「若手を積極的にトップレベルへと引き上げ,実戦の中で育成していく」という姿勢がどこかで失われつつある,ということも指摘すべきなのかな,と思うのです。それは,クラブの基本姿勢が「育成」という側面から,積極的な選手補強によってトップチームのパフォーマンスを維持・強化し続けることへとシフトしていっていることと無関係ではないようにも感じるのです。


 とは言え,全面的にカルチョメルカート(移籍市場)を否定するものでもありません。間違いなく,リーグ,そしてリーグを構成するクラブに対してメリットをもたらすものだとも思っています。


 チーム構成から考えれば,積極的に外部からの刺激を投入することで,チーム内競争のダイナミズムをしっかりと機能させることができるし,全体としてのパフォーマンスを引き上げるための大きな要因となります。また,クラブ・マネージメントから考えれば,フィナンシャルという部分で脆弱性を抱えるクラブがその経営を安定させるために,下部組織を戦略的に充実させるという方針を掲げることがあろうかと思います。イタリア的な“プロビンチア”の発想であります。彼らの経営基盤を支えているのが移籍市場であるならば,十分に移籍市場にも意味があるし,その存在を無理に否定することもない。


 ただ,その「原則的な」メリットを大きく逸脱したところに,現在の移籍市場の問題があるのだろうと思っているのです。


日刊スポーツさんの記事を読んで,正直なことを言えば暗澹たる気分になりましたね。


 確かに,世界最高峰クラスの選手が2部リーグでのプレーを積極的に望むことはないだろうし,プロフェッショナルとして望まれるクラブに移籍することは悪いことなどではない。むしろ問題としたいのは,クラブの基本姿勢そのものです。


 確かに下部組織からの強化は,ギャンブル的な側面もあるか,と思います。バスビー・ベイブス,あるいはファーギーズ・フレジリングスというように,短期間に多くの有望な選手を輩出できる例もありますが,実際的なことを考えれば,継続的に高いポテンシャルを秘めた選手をトップへと引き上げることはできないでしょう。
 ですが,下部組織からの強化を全面的に放棄していい,ということにはならないのではないでしょうか。クラブはそれぞれに,伝統的に維持してきたフットボール・スタイルというものを持っているはずです。そのスタイルはトレンドを上手に織り込みながら進化を続けていくものでもあろうけれど,DNAのように受け継がれていくものでもあるはずです。そのスタイルを放棄してしまうことになるのではないか,と感じるところがあるのです。


 欧州カップ戦,その頂点を狙うクラブは,1990年代中盤以降,チーム構築のアプローチを下部組織からの戦力引き上げや新人発掘を中心とするものから,すでに実力,ポテンシャルを他のクラブで十分以上に証明している選手を積極的に移籍市場で獲得し,彼らを中心とするチームを構築するという方向性へとシフトしていったように感じます。このアプローチは,短期的に結果を引き出すためにはある種の最適解,のようにも見えます。ですが,一部の高いパフォーマンスを持つ選手の背後に,多くのポテンシャルを持った選手たちが隠れてしまってはいないでしょうか。1990年代中盤以降の期間は,欧州にとってのヴィンテージ・イヤーだったことは,セカンド・ラウンド進出国を見れば明らかであるように感じます。ですが,これから先も,ヴィンテージ・イヤーを作り出していくことができるか,ということはまったくの未知数ですし,ケースによっては衰退への第一歩をすでに踏み出している国もあるように感じます。


 一国のフットボール・レベルを引き上げるのは,一見すればまったく関係のないクラブ・チーム,その姿勢にこそあると個人的には思っています。欧州カップ戦にかかる莫大な分配金などに代表される“ビジネス”的な側面だけを,そして欧州へと進出する,というプレステージだけを考えれば「いまの強さ」だけを追い求めたくなるし,そのための最適解を追及することにも一定の理はあるとは思います。しかしながら,2006年大会がもたらした教訓は,単に代表チームに関わる話ではなく,むしろ「移籍市場」に狂奔するようになってしまったクラブへのコーション・メッセージとして受け取った方がいいのかも知れません。