Terrace.

イングランドフットボール・フリークにとっては懐かしさを感じる単語かも知れません。


 まだプレミアシップというスタイルではなく,ディビジョン1などという表現だった頃には,どのスタジアムにも恐らくあった場所です。例えば,オールド・トラフォードで言えば“ストレットフォード・エンド”,アンフィールドならば“コップ・エンド”。最近では,テムズ河畔に佇むクレイヴン・コテッジに残っているのを見かけた方もおられましょうか。


 「立ち見席」のことです。


 その立ち見席,つい最近まで残っていたところがあります。


 ファースト・ラウンド第3戦,ブラジル戦が行われるドルトムントです。ボルシア・ドルトムントの本拠地であるヴェストファーレン・シュタディオン(大会期間中はFIFAワールドカップスタジアム・ドルトムントと表記されます。)は,ワールドカップ開催に伴う改修を受けるまで,“Nordtribune(本当は,bの後ろのuにはウムラウトが付くんですけど,突っ込まない方向でひとつ。要するに,North Standでありますな。)”は立ち見席だったわけです。オットマー・ヒッツフェルトさんがドルトムントを率いていた1996〜97シーズンにはビッグイヤーを掲げているわけですが,その頃のスタジアムは古き佳きイングランドを彷彿させる,シューボックス・スタイルのスタンド配置とテラスのコンビネーションによってフットボール・フリークの熱狂を支えていたのです。


 FIFAスタンダードに従えば,テラス席を改修しなければベニューとして認めてもらえない。


 ホスピタリティという部分を強調すれば,確かにFIFAが求めている条件にも理解できる部分が多いのですが,その引き替えとしてボルシア・ドルトムントというクラブ,そしてそのクラブを追いかけ続けているフットボール・フリークが維持してきた「古き佳き時代の熱狂」という部分が失われてしまうかも知れない。


 スタジアムに足を運んでくれるフットボール・フリークの安全を確保すること。


 最優先にこのことを考えるならば,部分的に配置されている手すりだけを頼りにするわけにはいかないし,ドルトムントのテラスは勾配が思いのほか強く付いている。アウトサイダーとしては,スタンドがひとの壁であるかのように感じられる雰囲気は無条件に魅力的だけれど,ワールドカップのベニューとしては問題がある。


 当然の流れであるとは思っていますが,スタジアムが持っていた雰囲気が失われることには違いない。寂しさを感じるのも確かです。


 ただ,ヴェストファーレン・シュタディオンが必要に応じて改修を繰り返してきた,現代的ではあるのだけれど同時にゴシック的な雰囲気を濃厚に感じさせるのがちょっとうれしくもあります。そんな熱狂が支配し続けてきたスタジアムで,ファースト・ラウンド最終戦を戦う。ドルトムントの熱狂を連想させるゲームになることを,期待しています。