サルテとアウディ。

トム・クリステンセンさん(webCG)に言わせると,案外ピーキーな特性を持っているのだとか。


 といっても,高回転域を維持しないとエンジンのスイート・スポットを使えないということではなく,圧倒的なトルクがかなり限られた回転数で発揮されるために,その美味しい部分を徹底的に使いこなそうと思えば相当忙しいギアチェンジを強いられる,ということのようです。何か,2ストローク500ccのレーシング・バイクが全盛だった頃の話を聞いているような感じであります。


 ただ実を言えば,半分までは想像の範囲内でした。


 回転パワーで勝負するガソリン・エンジンと違い,ディーゼルは高回転域まで引っ張ってしまうとむしろロスが出る。トルクが最大の武器ということであります。でありますれば,曲率のきついカーブなどからの脱出加速に有利なエンジン特性を持ってはいるけれど,ギアリングを上手に設定しないと加速性能と最高速性能を両立できないという問題を抱えることになるし,必然的に多段化という選択が出てくる。


 ここまでの想像はできていたのだけれど,“パワーバンドが狭い”ような感じをドライヴァに与える,というのは正直ビックリだったわけです。


 ということで,革新的なレーシング・マシンであるR10とル・マン24時間の話などを。


 日本ですと,都知事さんのパフォーマンスで一躍悪者の最右翼に躍り出たエンジンなのですが,欧州では二酸化炭素排出量が少ないという部分で環境に優しいエンジン,という評価が定まっております。そんなマーケットを背景にしてのことでしょう,アウディディーゼル・ターボエンジンをル・マンというレーシング・フィールドに持ち込んだわけです。
 彼らの準備はかなり周到だったものと思います。アウディ・シュポルトはパートナーであるヨースト・レーシングと徹底したテスト・プログラムをこなし,一方でALMS(アメリカン・ル・マンシリーズ)第1戦であるセブリング12時間耐久にR10を持ち込み,「実戦テスト」を実施するわけです。そのテストで,優勝してしまうあたりが周到さを見せているような感じがしますが,そんな準備を重ねながらワールドカップの裏番組であるル・マンへと乗り込んできたというわけです。

 総合優勝を狙うことのできるLMP1クラスで,ワークス体制と評価できるのはアウディ・シュポルトとヨースト・レーシングのコンビネーションただひとつだけでしたから,よほどのトラブルがない限り,1,2フィニッシュは堅いと思っていたひとも案外多かったのではないでしょうか。


 しかし,アウディと言えどもトラブルとは無縁ではなかったようであります。


 特に,クリステンセン選手がドライブする7号車にはトラブルがかなり降りかかり,一時は大きくポジションを崩していました。8号車は比較的修復が容易なトラブルにとどまったためか,かなり安定したラップを刻んでいるように見えました。


 とまあ,アウディ中心のレースだったかのようなル・マンでありますが,2位のポジションを死守したペスカローロもホメておくべきだと思いますね。
 いわゆるメーカ勢とは違って投入できるリソースが限られているチームではあるのですが,自分たちのチームで開発したシャシーをしっかりと熟成させ,カスタマー・エンジンを上手に使いながら24時間を走りきったのですから。メーカ同士の華やかな争いも確かに魅力的ではあるのですが,ペスカローロやクラージュ,あるいはローラを使っているプライベート・チームでも総合優勝を狙うことのできるレースという部分に,ル・マンの魅力をあらためて認識したようにも思います。


 アウディディーゼル・ターボエンジンを持ち込み,優勝を飾ったことで,レーシング・マシン,特に燃費規制が関わってくるスポーツ・プロトタイプの世界ではパラダイム・シフトが起こるかも知れません。プジョー・スポールもディーゼル・エンジンを投入するようですし,“エコ・フォーミュラ”として再びスポーツカー・レースが脚光を浴びる時期もそう遠い話ではないように思います。