指揮官交代に思うこと。

成功したパッケージを引き継ぐ。


 簡単に見えて,実際には非常に難しいタスクであるように感じます。


 ちょっと屋号関係の話をさせていただきますと。


 トヨタがWRCでトップ・コンテンダーの仲間入りを本格的に果たすのは,ST165の時代です。このマシンは,“ハンドリング・マシン”という評価を受けていたと聞きます。ピーキーな特性を持っているわけでもなく,強烈なアンダーステアに悩まされることもなかったのだとか。
 その後継モデルであるST185では,さらなる進化が期待されていました。しかし,実戦投入当初は,期待を大きく裏切る仕上がりだったように記憶しています。ラリーマシンとしては致命的な,アンダーステアが非常に強いマシンになってしまっていた。ライバル車がステアリングではなくアクセル・ワークでコーナをクリアできるところを,セリカは明らかにステアリングを入れているのが外側からもハッキリと分かるほどだったのです。フロントで大きな舵角を与えていながら,ノーズがインサイドに向いてくれない。


 その原因は,ボディ・ワークにあったのだと言います。


 ラリーマシンに限らず,レーシング・マシンはロールケージを組むことで徹底的な構造補強をしています。ですが,ボディをサーキットを主戦場とするレーシング・マシンのように補強してしまったことで,マシンがしなやかさを失ってしまった。しなやかさを失ったことによって,サスペンション・セッティングを出せないような状況に陥ったのだと聞き及んでいます。
 「進化」を意識しすぎるあまりに,バランスを大きく踏み外してしまった,ということが言えるように思います。


 似たような印象を,指揮官交代に際して持っています。


 チームがどんなに安定したパッケージを持っていたとしても,そのパッケージをしっかりと進化させ続けることができなければチームの成績は最終的に下降曲線を描いていくことになってしまう。また,戦力構成が同じであってもコンディションという部分での問題もあるし,戦力構成自体が変更を受けていることもある。初期条件の変化を前提としながら,それでも昨季を上回るパッケージを構築し,同時に最悪のケースに備えて「戻るべき場所」をどこかに想定しておく。難しいハンドリングを続けることで,進化を継続することができるということではないかと感じます。


 “プロフェッショナル”である以上,「結果」が常に求められるというのは理解できないでもありません。特に,チーム構築に遅れを生じてしまい,チームが決定的にバランスを崩してしまい,心理的にも“ネガティブ・スパイラル”に入り込んでしまったのだとすれば,何らかの「きっかけ」が必要だとも感じます。
 プロフェッショナルの世界では,指揮官が幸せな形でクラブを去るというのはとても難しいように思います。いつも思うことですが,シビアな世界だと実感します。