繰り返す過去。

オールド・トラフォードで言えばストレットフォード・エンド。


 アンフィールドならばコップ。


 クラブを愛するフットボール・フリークが集うホーム・ポジションであり,その熱狂は物凄いものがあったと聞きます。しかしいつしかイングランドからは“テラス”と呼ばれる立ち見席は姿を消し,手すりの代わりにサーベイランス・カムがあらゆるところに設置されるようになります。


 クラブを長く見つめてきた証でもある,シーズン・チケット。


 その値段は次第に上昇し,ごく一般的なフットボール・フリークではなかなか手が出せないようなところにまで行き着こうとしています。庶民のためのエンターテインメントであったはずのプロフェッショナル・フットボールが,それ以外の何かになりつつある。かつてマンチェスター・ユナイテッドのスキッパーであったロイ・キーンオールド・トラフォードの雰囲気について苦言を呈したことがありましたが,その状況は好転するよりもむしろ,悪化しているのかも知れません。


 トップリーグである“プレミアシップ”を見てみれば,フットボールのある日常というものがフツーのひとの生活からちょっと離れたものになっていきつつあることを感じます。もちろん,下部リーグにまで視線を飛ばしてみれば,まるで違った印象を持つことになるのですが,そのことについては置くとして。


 フットボールが庶民から離れてしまったという部分で,忘れてはならないことがあります。


 愛すべきフットボール・フリークをスタジアムから遠ざけることになってしまったもともとの原因は,“フーリガニズム”であるということを。スタジアムに吹き荒れたフーリガン・ムーブメントを徹底して排除する,ということがプレミアシップ創設のひとつの柱でもあったと聞いています。また,ほぼ同時期にヒルズブラでの大きなアクシデントがあった。立ち見席であることの問題が大きく噴き出たこと,フーリガン対策のために設置されていた金網が,結果としてピッチへの避難誘導の大きな障害となったことで,スタジアムすべてに座席を備え,ピッチサイドから金網を撤去するという決定も下されたのだとか。プレミアシップは過去の不幸に学んでいるわけです。安全性を取り戻すために,熱狂という部分が一定程度犠牲になったという見方もできるのではないでしょうか。


 そして,同じ轍を欧州各国も踏もうとしているように感じます。


 いま欧州では形を微妙に変えたフーリガニズムが生まれているように思います。今回はちょっと難しめのことを書いていくことにします。


 ちょっと前から,この問題はスタジアム内外に燻っていたように思います。


 ですが,こちらのコラム(ワールドサッカープラス)にもあるように,最近はこの傾向に加速がついているような感じもあります。


 過去におけるフーリガニズムは,表面的に見ると相手クラブ(より正確に言えば,相手クラブのサポータ)への激しい敵意と暴力が結び付いたものと見ることができますが,イングランドの当時の社会状況を考えてみると「英国病」という表現がされていた時期と重なります。どこか閉塞感が漂っていた時期。その社会状況を反映していた部分もあるように思います。そして,このコラムで取り上げられているフランスのケースも社会状況がスタジアムに反映されてしまっているような感じがします。


 社会状況は一旦置いて,敢えてフットボールという観点だけから言えば。


 “クラブ”を愛するのか,それとも“自分と同じ肌の色をしている選手だけ”を愛しているのか,ということを問われるように思うのです。クラブを長く見つめてきたひとならば,どういう選手が加入しようとそのクラブへの愛情が変わることはないと思うのです。忠誠心の方向は特定の選手ではなく,クラブのエンブレム,それが指し示す何ものかに向かっているはずです。


 ですが,いまの欧州の動向を見ていると「クラブ」をサポートしているはずなのに実際にはナショナリティなどがより大きなものとして見えている人間が増えてきている。


 スタジアムが,社会を映し出す鏡として機能してしまっている。


 そのこと自体も不幸だけれど,イングランドのような徹底した解決策を講じれば,週末のマッチデイを楽しみにするフットボール・フリークから,その楽しみを奪う結果にもなりかねません。トップリーグのスタジアムが本来あって良いはずの熱狂を失い,スタジアムでクラブへの愛情を表現していて良いはずのひとたちがパブやブラッセリーでTV観戦を強いられる。このことの方が,より大きな不幸ではないかと思います。


 FIFAはこの問題について,本気で取り組む姿勢を見せています。


 どれだけの実効性があるかどうかは分かりません。しかし,できることからやっていかないと,フットボールフットボール・フリークの手から離れていってしまう可能性が高くなるし,それはフットボールという競技にとってこれ以上ない不幸でもあります。フットボール・ジャーナリストである大住さんがこちらのコラム(NIKKEI NET SOCCER@Express)で同じテーマを扱っておられることも,決して偶然ではないように思います。


 あと2ヶ月弱に迫った本大会。開催地は欧州各国からのアクセスが良いドイツであります。この時期に,非常に厄介な問題が大きく,そして激しくなりつつあることはちょっと心配であります。