バランスとオフ・バランス。

2004〜05シーズン,そして2005〜06シーズンにおいて“CHAMPIONS”の称号を戴く東芝府中ブレイブルーパス


 “スタンディング・ラグビー”という言葉で表現される彼らのラグビー・スタイルはFW,BKの高度なバランスから生み出されているように感じます。
 BKであっても接点での強さを要求し,FWであっても縦へのスピードを要求する。
 「強さ」と「速さ」を高次元で融合させようとしているから,FWとBKが巧みに組み合わされた攻撃ブロックがフィールドを最大限に活用しながら相手に襲いかかるかのような印象を与える。


 確かに“トータル・バランス”の高いチームに変貌を遂げているように感じるのですが,スタンディング・ラグビーというアイディアが「相手ディフェンスに充分な守備応対のための時間を与えず,BK陣の展開力,突破力を最大限に活かしてスピーディな攻撃を作り上げる」ことにあるのだとすれば,そこには過去のDNAも確かに息づいているように感じられるのです。
 過去,トータル・バランスによって覇権を握り続けたクラブに対抗するために,バランスという出発点を持たない“ストロング・ポイント”を作り出そうとし,ひとつの攻撃スタイルを作り上げたという事実が透けて見えるような感じがするわけです。


 恐らく,“アソシエーション・フットボール”の世界でも同じことが言えるのではないかと思うのです。


 1980年代後半から90年代中盤にかけて盟主の座にあり続けたクラブが,神戸製鋼所ラグビー部(スティーラーズ)であります。FW,BKともに高いポテンシャルを持ったプレイヤーを揃える一方で,どちらか一方の個性がゲームにおいて突出することはなく,両者が高いバランスを持って機能することで結果を引き出してきたチーム,という印象があります。


 そんなクラブに対して,東芝府中はどういう対抗策を打ち出したか。


 ごく大ざっぱに書いてしまえば,「縦」への突破を徹底的に押し出すという部分に活路を求めたのです。確か,当時の東芝府中を表現するフレーズとして「高速バックス」という言葉が使われていたかと記憶します。当時の東芝府中もスプリント能力に長けたBKスタッフを擁していました。その能力を攻撃力に直結させるアプローチをとったわけです。
 例えば自陣深くにまで攻め込まれてからのターンオーヴァを想定すると,ボールを展開することよりもまずは地域を大きく回復するキックを使ってくるのではないでしょうか。ラインアウトでのボール争奪から高い位置で相手へのプレッシャーをかけ,前線で再び攻撃の起点を構築するという形です。
 しかし東芝府中は,自陣深い位置からでも積極的にボールを展開することを選択した。「縦」への速さ,鋭さをバランスを破るための武器とするために。
 地域,という意識よりもBKのポテンシャルを最大限に活かしながらボール・ポゼッションから攻撃を組み立てる。一般的にセオリーとされるものを敢えて崩し,自分たちのストロング・ポイントを徹底的に押し出すことで新たなスタイルを生み出そうとした。


 チームが熟成されていくと,必然的にトータル・バランスを追求する方向へと進んでいくように思います。ブレイブルーパスは,まさしくその典型例でしょう。


 バランスに優れたチームを崩すために,オフ・バランスに敢えて踏み出す(=バランスを度外視する)ことで手にした武器。そのストロング・ポイントをチームとしてさらに高めるためには,何が必要なのか。BKを活かすためのFWに要求されるプレー・スタイルは何か,ということがスタンディング・ラグビーへの端緒となり,最終的には高いバランス感覚を持ったチームへと駆け上がっていったのだろうと思います。


 バランスに優れたチーム。ある種の理想型だろうとは思います。


 ただ,最初からバランスだけを求めるアプローチで良いのか,と問われると疑問が残るように思います。「相手を崩すための武器」に対する明確なイメージがあるのかどうか,バランスという部分だけからは読み取れないように思うからです。
 どんなクラブでも,間違いなく戦力的な重心が存在するはずです。その重心を最大限に活用する,というアイディアはオフ・バランス的な発想かも知れません。いままでのセオリーを積極的に崩す部分もあるように思うからです。その意味で,フットボール・ジャーナリストである湯浅健二さんがよく使うフレーズである“リスク・チャレンジ”は,プレーだけに当てはまるものではなく,チームを構築していくアプローチにも充分当てはまるのではないか,と感じています。