デットマール・クラマー氏の至言。

ウェブ・ベースのコラムとしては,異例なほどに文章量が多いことにまず驚きますが。


 それ以上に驚かされるのはデットマール・クラマー氏のフットボールに対する見方の鋭さであり,いまだ情熱を失っていない(それどころか,熱が高まっているかのような印象を受ける)フットボールへの姿勢でした。
 時に刺激的な言葉を使いながらも,日本のフットボールに対して深い愛情を示し,日本代表コーチング・スタッフという立場を離れて久しいにもかかわらず,現役のコーチ以上に真剣な見方をしてくれている。「日本サッカーの父」と形容されるに相応しい強烈な個性を持った方だな,と強く感じました。


 今回は,先頃来日されたデットマール・クラマー氏を追いかけた後藤勝さんのコラム(スポーツナビ)をベースに書いていくことにします。


 まず目に止まったのは,インタビュアーである後藤さんの問いかけに対する

 フィールド上の思考とは、まず第一に自分の周りを観察すること。次は経験。そういったことはすべて練習の中で獲得することであって、練習の中で、ああこういう位置になっている、試合の動きになっているから次はこうだと、経験によって身に付けていく。それが思考と呼べるのかもしれない。
 いい選手というものは、反応をするのも、こちらからサインを出すということも、すべて本能的にやっている。そこを理屈で考えようとすると、その瞬間すでに遅すぎる。まわりの選手の配置を一瞥(いちべつ)した瞬間に分からなければダメなのだ。


という答えでした。


 どこかで見覚えのある言い回しだな,と思い返してみれば,リヴァプールを数々の栄光に導いたボブ・ペイズリーのコメントに非常によく似ているように感じます。
 両者に共通するのは,理論だけがゴールを生み出すのではなく,練習によって蓄積された状況判断力が瞬時に発揮されることが求められる,という実戦から導かれた考え方ではないでしょうか。「決定力不足」というと何か解ったような気がしますが,実際にはなかなか説明が難しい現象ではないかな,と思います。ただ,クラマーさん,ペイズリーさんの言葉をヒントとすれば,ロジックを積み重ねておかなければならないのは日々の練習にあり,およそ考えられるコンビネーションを徹底して熟成させておくことが求められる。日本代表の前任指揮官が使ったテクニカル・タームである,“オートマティズム”と表現してもいいような感じがします。そのオートマティズムというロジックをどれだけ瞬時に引き出すことができるのか,という部分が,実際のゲームでの「決定力」を決める要素となるのかも知れないな,と感じます。であるならば,当然フィニッシャーに瞬時の判断力を引き出させるためにも組み立ては(繰り返してきているはずの戦術練習同様に)ロジカルでなければならないのではないか。


 これだけでも充分に長編コラムを読んだもとを取ったような気になりますが,この言葉と並んでクラマーさんの鋭さを個人的に感じた言葉がありました。


“ストリート・フットボール”にも当然言及していることからも,単純な“エリート・プログラム”を念頭に置いた発言ではないだろう,と思います。


 必ずしもフットボールをプレイするには適さない環境。それはアパートメントに挟まれた狭いエリアであったり,路地であったり。そんな環境であってもテクニックは磨かれるし,状況判断能力だって養われる。フランス代表にまで上り詰めたファンタジスタは,子供時代にはマルセイユのアパルトマンの狭間でストリート・フットボールに興じていたと聞きます。


 高いポテンシャルを秘めた「原石」はあらゆるところにある。小さい頃からしっかりとしたプロフェッショナル・クラブの下部組織に入っていることだけが“エリート”を作り出す道筋ではない。それ以上に,ポテンシャルを見抜くだけの能力を持ったコーチング・スタッフを多く抱えておく必要があるし,戦力的な見落としに備えた“セーフティ・ネット”として高校,大学やアマチュアの役割を大きくしておく必要があるようにも感じる。とは言え,

 2010年、2014年に何が起こるかということの方が、よほど興味深い。本当は4年後、8年後、12年後に日本のサッカーシーンがどうなっているかということを考えないといけない。そうしないとチームが危機に陥る。今トップにあるチームであっても、将来の展望を見据えてトレーニングしていかないと、すぐ下に落ちてしまう。・・・(中略)・・・常に将来を勝ち取らないといけない。それが大事なことだ。


というクラマーさんの発言は,“クレール・フォンテーン”に大きなヒントを得た“JFAアカデミー”のアイディアを裏打ちするものだし,クラブ・レベルに当てはめて考えれば一時期の強さを失いつつあるマンチェスター・ユナイテッドが直視しなければならない問題点,そしてJリーグのクラブがどういう部分を自分たちの基礎構造とすべきか,ということを的確に言い当てているように思うのです。


 強固な下部組織を作り上げ,常にトップチームに対して「新陳代謝」を促し得るだけの体制を整えておく.チームの現在だけを見るのではなく,常に将来を見据え,将来にわたる戦略を練り続けること.クラブ運営というと,時に近視眼的(目の前の結果だけを追い続ける)になりがちな部分もあるか,と思うのですが,クラマーさんが指摘するように「俯瞰的に」将来を見通す能力が最も求められているのかも知れない。


 今回は2つだけを取り出してみましたが,それ以外にもいろいろなことを考えるきっかけを与えてくれるインタビュー記事であり,良いコラムを読ませてもらったな,と思います。