御家騒動から考える指揮官の資質。

キャラの立った指揮官がひさびさに戻ってくるようですな。


 イマジネーションを大事にするような印象のあるブラジリアンらしからぬ,“キック・アンド・ラッシュ”がまた見られるのではないか,とちょっと期待してもいます。・・・って中盤省略されると,正直やりにくいんだよな。


 ともかくも。シーズン序盤にして解任騒動が出来するとはちょっと予想外でした。
 どうでもいいけど,タイトル長すぎ(・・・ですよねェ)。Ernestです。


 松永英機監督を解任,という記事(サンスポ)にちょっと驚きつつも,結果責任を問われるのが監督という稼業だとも言うし,仕方ない部分もあるか・・・,は思っていたのです。当初は,ですけど。


 と言うのも,解任がスポーツ・メディアに流れてから実質的に24時間も経過していないのに次期指揮官についての発表がなされ,日刊の記事にもあるようにメディアで報じられているわけで,クラブ・フロントの仕事が非常に速いな,と感じたわけですよ。はっきり言うならば,解任以前からエメルソン・レオン氏と交渉をしており,基本合意に至った時点で解任を松永氏に通達したのではないか,とちょっと思うのです。加えて言うなら,松永氏の監督就任に関する経緯を考えれば,クラブ・フロントの責任もかなり重いのではないでしょうか。指揮官選定で迷走していた時間だけ,チームをシーズン開幕に照準を合わせて組み上げるためのスケジュールはタイトになっていくわけで,松永氏だけが責任を取る,ということには違和感があります。


 フロントにも相当問題があると思われる神戸の一件とは別に,一般論を言えば。


 いかに有能なプロフェッショナルであっても,その発想はシンプルに表現できなければならない。また,チームの基本コンセプト,それをピッチ上で具体化するための選手起用についても明確に自分の言葉で説明できなければ,チームの空中分解を引き起こしてしまう可能性もある。
 指揮官は心理学的な知識などあらゆる知識を動員して,「眼前のゲームに勝利する」という目的に向けて選手たちをマネージしなければならないわけです。そこで,研究者のように難しい言葉を使っていたのでは伝わらないと思うのです。
 「勝つために最も重要なことは何なのか」という価値判断を常に繰り返し,チームの現状に照らして何をどのように表現して選手たちに伝えることが最も効果的なのか。非常に現実的な判断の繰り返しなのだろうと思うのです。それだけに,フットボール・ジャーナリストである湯浅さんも言うように監督は常に「フェア」でなければならないのだろうと思うのです。


 結局,どんなコミュニティにおいても当てはまることだとは思うのですけど。ある目的を達成する,という点で結び付いている集団における最大の資産はしっかりとした人間関係ですから,その人間関係が上手に作れないとチームの総合力は大幅に下がってしまうのだろう,と思うのです。


 “コミュニケーション”と言ってしまえばそれまでですが,チームを「勝利」という共通の目的に向けてまとめていくためには,すべての選手に対して「フェアに」コミュニケーションを図り,自分がどういうチームを作り上げようとしているのか,そのために個々の選手に対して何を期待しているのか,シンプルに説明する必要があると思うのです。
 その努力が決して結実しているとは言えないため,結果としてチームの方向性が見えてこない,という事態に陥っていくのではないでしょうか。


 恐らく,シーズン半ばで去就が取りざたされている指揮官には,概してこのようなコミュニケーション面での問題が多少なりともあるのではないか。ワタシにはそう感じられます。