継承されていくもの。

・・・どうして,大先生はフォーメーションが大好きなんだろうなぁ。


 同じ“Number”でもウェブでのコラムと本誌の記事では印象がまるで違う。


 過剰なまでの欧州礼賛論も目につくし。ウェブでは「肩の力が抜け過ぎ」なのではないかな,と邪推しております。それ以前の問題として,実はアメリカン・フットボールの熱烈なファンだったりとか。バスケットボールの攻撃はアメフトよりもかなり参考になりそうだけど。


 って別に大先生の評論をしようってわけではないのでして。


 かなりの“スマッシュ・ヒット”だと思っている,このお方が寄稿した記事に触発されてちょっと書いてみよう,というわけです。まずはいつものように遠回りからはじめよう,と思っておりますが,お付き合いくださいませ。


 「強さ」と「美しさ」とは共存関係に立つものでしょうか。


 恐らく,「強さ」だけを徹底的に突き詰めれば,“カテナチオ”という言葉に象徴されるイタリアン・スタイル(のようなもの)に行き着くのではないでしょうか。勝負という側面だけを見れば,このようなゲームへのアプローチだって即座に否定するものではないけれど,フットボールが持つ魅力の一部分だけを抜き取っているかのような印象を持つことも,また確かです。そこで,イタリアン・スタイルの持っている現実的なアプローチをどのように凌駕するのか,と考えてみると,相手が仕掛けてくるストリクト・マーク,ひとに厳しい守備応対をどのように外していくのか,という問題に行き着くことになるでしょう。そのためには,しっかりとしたパス・ワークとともに,バラエティに富んだ攻撃を仕掛けることで相手守備ブロックを混乱に陥れる必要がある。そんなロジック・フローから選手たちに積極的にポジション・チェンジを繰り返させるような戦術を編み出していったのではないでしょうか。


 そして,「強さ」とともにある種の「美しさ」を兼ね備えた“トータル・フットボール”が出てきたのだ,と私は理解しています。現代にも十分に通用する(と言いますか,彼が理想とする姿を実現できているチームは,クラブレベル,代表レベル含めて皆無かも知れません。)“トータル・フットボール”を生み出したのが,先頃逝去されたリヌス・ミケルスさんです。


 ミケルスさんの逝去は,欧州連盟のオフィシャル・サイトにおいてもニュースとして扱われているし,経歴については大住さんの記事(SKY PerfecTV! - 新世紀サッカー倶楽部)において非常に分かりやすくまとめられていますので,こちらをご参照ください。


 で,やっと今回のお題に行き着くわけです。


 私にとって,“トータル・フットボール”への入り口となったのは,オランダ代表ではなく,そのエッセンスを継承している,と言えるヨハン・クライフ時代のバルセロナであったり,アリーゴ・サッキがACミランで実践していた“プレッシング・フットボール”だったように思うのです。そして,今にして興味深いなと思うのは,バルサにおいては指揮官であるクライフさんがアヤックス・アムステルダム,オランダ代表において実際にミケルスさんの指導をよく知る立場にいたこと,プレッシング・フットボールを標榜していたACミランにおける中核選手であったマルコ・ファン・バステン選手,フランク・ライカールト選手がかつて在籍したクラブは,ミケルスさんが指揮を執っていたアヤックスであることです。


 私はミケルスさんが率いたアヤックスをあまり深くは知らないし,1974年ワールドカップの時のオランダ代表も知識として知るのみです。それでも想像をするならば,恐らく共通点は,「高い個人能力と,組織性との高レベルでの融合」ではないか,と考えています。ただ,ミケルスさんが実現したレベルにまで選手の能力を引き出すことは,選手を長期間にわたって同一クラブに在籍させることが非常に難しい現代にあっては,困難なことと言わざるを得ず,結果として,ミケルスさんが示したフットボールの要素が分割されて継承される,という形になっていったのではないか,と推理してみたくなるのです。


 その中で,ミケルスさんの”トータル・フットボール”というある種の完成形が,サッキさんの“プレッシング・フットボール”へと姿を変え,現在バルサの指揮官であるライカールトさんへと継承されている,と思うのです。「結果」だけではない,フットボール・スタイルという部分を含めて考えれば,決して間違ったアプローチとは思わない。できることならば,今季のリーガ・エスパニョーラを制することで,「規律」というものが攻撃的なフットボールを実現するためのものであることを証明してほしいな,と感じています。


 最後に残念だな,と私が思うことは。

  「1974年に西ドイツを舞台に開催されたワールドカップに,オランダ代表を実に38年ぶりの出場に導いただけでなく,圧倒的な攻撃サッカーで決勝戦まで勝ち進んだ.・・・(中略)・・・そして30年以上を経たいまも,あのときのオランダをしのぐチームはまだ出ていない」(「ワールドカップの贈り物」 - 出典は前出・新世紀サッカー倶楽部)


という大住さんの文章を読んだ今は余計にそう思うのですが,当時のオランダ代表を実際にこの目で確かめてみたかった,ということです。映像では伝わりきらない迫力のようなものを,感じてみたかった。アンフィールドに併設されているミュージアムビル・シャンクリーボブ・ペイズリーが指揮を執っていた時代のチーム映像に触れた経験がありますが,その時も同様の感慨を持った記憶があります。


 もちろん,過去のチームを見に行くなど,無理な話です。だからこそ,たとえエッセンスだとしても継承されている,というのはいいことなのかも知れない,と考えるのです。