阿部選手移籍によせて。

「旗頭」だな,と思います。


 「旗頭」,あるいはバンディエラという言葉は,キャリアをひとつのクラブで,というフットボーラーに使うべきだと思ってはいるけれど,プレー・スタイルや佇まいは2007シーズンから移籍加入してきた選手,などというものではありませんでした。実質的な意味において,すっかり浦和におけるバンディエラだ,と感じるのです。


 であれば,「旗頭」を送り出すような,そんな思いを持っています。


 すでにスポーツ・メディア各紙では報じられておりましたから,移籍はほぼ確定,クラブからの発表はほぼ時間の問題だろうと思っておりました。ではあるのですが,UKにおけるビザ取得はいささかハードルが高く(かつてウェストハム・ユナイテッド移籍,という話があった宮本選手や,チャールトン・アスレティックへの移籍が浮上したアレックス選手,彼らの移籍障壁がビザでありました。),ワールドカップ本戦でスターターとしてクレジットされたことがどのように評価されるか,と思っておりました。
 浦和からのリリースが出されたタイミングで,ちょっと阿部選手のことについて徒然に書いていこうかな,と思っています。


 ちょっと,時計の針を巻き戻してみて。


 浦和のユニフォームに,ささやかなスタンドアップ・カラーが復活したシーズンに,阿部選手は移籍加入してきました。それまでまとってきたユニフォーム,その印象が強過ぎたのでしょう,個人的なことを言えば,加入当初は「真紅な阿部選手」に対して不思議な感じを持っていたような気もします。
 でも,その不思議な感じは,ピッチから受ける印象によって,ポジティブなものへとかなり早い段階で上書きされていったように記憶しています。「現場監督」のようにチームを鼓舞しながら存在感を示していく,というタイプではないのですが,ひとつひとつのプレーに対する静かな気迫と言うのか,そんな要素がピッチから明確に伝わってくるタイプのフットボーラーであるように感じたのです。たとえば,阿部選手が相手ボール・ホルダーに対して仕掛けていくスライディングは,ギドのようにフィジカル面でのアドバンテージを存分に生かしたスライディングではないけれど,「気持ち」という部分では共通する部分を強く感じさせるものだったように思うのです。


 反面で,「戦術的に」阿部選手の能力を生かし切れただろうか,と思うと,大きな疑問符を残してしまうのも確かです。むしろ,阿部選手のポリバレンスに大きく依存するような形で,戦術的な綻びを抑え込むような形だったように思っています。戦術的な部分でパッチを当てるのではなくて,阿部選手の持っている「個」を戦術的なパッチとして使っていた,というような。
 個人的には,2007シーズンは戦術的なチャレンジに踏み込むつもりなのかも知れない,と思っていました。ただ,戦術的なチャレンジを仕掛けるよりも,2006シーズンまでの戦術を踏襲し,安定性を重視する形でリーグ戦とACLを狙いに行く,という選択をしたように映ります。その選択は当然尊重すべきであって,ACLからFCWCへ,という道筋を切り開きもした。したけれど,「個」への依存度を強めていったのも確かかな,と感じています。阿部選手の持っている能力を,剥き出しでピッチに引き出すのではなくて,戦術的な基盤をしっかりと構築した状態で,彼のパフォーマンスを引き出せれば。仮定論,でしかありませんが,そんな仮定論をどうしても考えてしまうところが,いまでもあります。阿部選手で強く印象に残る,敗戦後のピッチでの姿。深々と,頭を下げたままの,あの姿。「勝たせてやれなくて,申し訳ない」という思いをどこかに抱えながら,あの姿を見つめていたな,と思い出します。


 ACL決勝後の,喜びを全身で表すかのような姿を見ることが,リーグ戦やカップ戦では叶わなかったけれど,その部分はレスター・シティのトップフライトへ貢献することで存分に見せてほしい,と思っています。「2部リーグ」と書いてしまうと,どこか地味な印象を与えもしますが,「オレたちのクラブ」という意識でチームを追い掛けられる,という意味では現在のプレミアシップよりも,むしろ好感できる要素も強いリーグ戦ではないかな,と思っています。
 イングランドの競技場,あの雰囲気と,中野田の雰囲気はどこか共通する部分があるはず。それほど違和感なく,ウォーカーのピッチに立てるのではないか,と思っています。


 “チャレンジ”なんて,控えめな言い方はらしいな,と思いつつ。
 背中でトップ・フライトへとチームを導いていってほしい。プレーでウォーカーに足を運んだひとたちに,“ABE”というフットボーラーの個性を見せ付けてほしい。浦和を追い掛けているひとたちを,オン・ザ・ピッチの,そしてギャップあるオフ・ザ・ピッチの姿で魅了したように。そう,思ってやみません。