ふたたび、仮定論。

コンチネンタル・スタイルへ,という理解でしょうね。


 ただ,「原点回帰」という印象もあります。


 強化部門での責任者を,“Technical Director”と呼ぶのか,それとも“General Manager”と呼ぶのか,職域の違いは別として。GMで考えるならば,浦和に「原点」を意識させた人物の名前が浮かぶはず。


 ここを原点と見るべきであろう,と思うのです。


 であれば,数年間の(決して小さくはない)ブランクを経て,“Right Track”に再びクラブを戻そうという話ではないかな,と思うのです。
 フォルカー・フィンケさんの話で,派手に飛ばしてくれた日刊スポーツさんでありますが,その後のメディア動向を見るに,単なる「飛ばし」の域は超えているようです。そんな日刊さん,ふたたび「浦和がフロント改革、強化本部を再編成へ」という記事を繰り出してきました。


 そこで今回は,この記事をもとにまた仮定論をしてみようと思います。


 ある人物とは,森孝慈さんです。


 確かに,三菱の系譜で語るべき人物かも知れません。ただ,“セミ・プロフェッショナル(あるいはハイ・アマチュア)”としてのキャリアにおいて,と留保文言を付けなければフェアではない,と思っています。横浜FMや福岡において強化担当を務めた,プロフェッショナルと見ることもできるように思います。
 そのプロフェッショナルが,冷静に浦和には「基盤」をセットする指揮官が必要だと考え,ハンス・オフトの招聘へと動いた。中長期的なクラブの設計図を明確に描くことができてはじめて,段階に応じた指揮官をクラブに招くことができる,と思うのです。
 にもかかわらずここ数季は,森さんの持っている“三菱OB”という側面だけが継承されてしまって,必ずしも描くべき将来像に対しての明確なアイディア,その将来像に近づくための具体的なステップを意識しているとは言いがたい強化部門へと(最大限好意的に解釈すれば,無意識的に)変化してしまったように映ります。


 その軌道修正を図ろう,ということでしょう。


 であるならば,バイエルン・ミュンヘンの強化部門を見てから気付くのではなく,自分たちの過去を振り返る中から気付くべきだ,と思っているのです。それゆえに,ちょっと古い話を引っ張り出してきたわけです。


 それはそれとして。


 そこでブリティッシュ・スタイルではなく,コンチネンタル・スタイルを選択した。
 ブリティッシュですと,“Manager”と呼ばれる監督が,クラブの強化戦略を担当する責任者を兼任します。かつてのリヴァプールのように,アシスタント・コーチを長く務めた人物が監督へと引き上げられる“ブーツ・ルーム”などという慣習があり,クラブとしての方針が皮膚感覚で理解できる環境がある,そして監督ひとりの在任期間が長く,長期的な視野からファースト・チームの設計が可能な環境では,あり得べき選択かも知れません。<
 しかし,監督の手腕として「戦術的な要素」を強く意識するならば,就任期間は相対的に短くなりますし,クラブ・サイドがビジョン構築を指揮官に安易に委ねてしまう危険もあり得ます。となれば,大陸(たとえばスペインや,業務提携しているバイエルン・ミュンヘン)型の,監督はあくまでも“Head Coach”として戦術面を担当する一方で,中長期的な強化戦略をクラブ・サイドで担当するという分業制アプローチも妥当性を持っていると思います。


 そこで,であります。仮定論に仮定論を重ねてみますに。


 フォルカー・フィンケさんが指揮官候補として有力として。


 彼の持っているクラブ像と,(TDか,GMかに関わりなく)強化担当責任者が描くクラブ像とがしっかりと相似形を描いていなければならない,と思っています。特に,フィンケさんはブリティッシュな香りを漂わせるひとでもあるように感じます。ならばなおのこと,クラブと監督,その関係は明確でなければなりません。要は,フィンケさんのビジョンに引きずられるのではなく,あくまでも強化担当責任者が明確に描いた将来像,そのステップにフィンケさんが組み込まれなければならない,と思うのです。
 となれば,フィンケさんのフットボールに浦和が志向すべき要素を見出し,将来像へのステップとなる要素を見つけていなければならないし,強化担当はそのビジョンを描き出した主体,少なくともそのビジョンに共感する人物でなければ意味がないことになります。


 とある雑誌に掲載されたインタビュー記事,その中にはフィンケさんに言及したひともいました。不思議な符合,と言えば言えるでしょうか。最後の推理はともかくとして,プロフェッショナルを強化担当に,という方向性は少なくとも間違ったものではないだろう,と思っています。